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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 秋田長持唄
秋田民謡の中でもその旋律の美しさから全国的に知名度が高く、多くの人に愛唱されてるのが【秋田長持唄】である。
先日、来月15日に秋田市雄和で行われる第24回秋田長持唄全国大会の案内が届いていたが、その中に1番の歌詞は

☆      蝶よ花よと  育てた娘  
今日は他人の   手に渡す。
に統一しますと書いてありました。

昔から唄われてる歌詞なので別段気にするなと言えばそれまでだが、私は以前から  今日は他人の、の他人と言う言い方に若干違和感を持っていた。
言うまでもなくこの唄は婚礼で昔から唄われてる祝い唄。

大事に、大切に育ててきた娘を嫁にやらなければいけない親にしてみれば、今日は他人の手に渡す、の中には色々な意味が含められてるのは想像に難くはないのだが、私は   他人、と言う言葉にどことなく違和感を覚える。

 
多分これは昔は仲人が話を持って来て、顔も一度も見たことのない人に嫁ぐ事が当たり前の様だった時代。
この当時の結婚はそれこそ相手の事を娘の親も全く知らない状況なので、そこから、他人と言う表現になったのではないだろうか。

しかし現在はほとんどが恋愛で結婚される訳で、当然ながら親にも事前に紹介して、お互いの家庭を行き来するのが普通に行われてる事を考えれば、娘が愛した婿さんを他人、と表現するのは果たしていかがなものかと考えてしまいます。

結婚するまでのプロセスが昔と全く様変わりしている現在、他の表現の仕方があってもいいのではと思いました。

別に長持唄実行委員会にケチを付けるつもりは毛頭ありませんので、お気に触りましたらご容赦願います。


さて、こんな事を思うのは私だけでしょうか?


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