藤秋会本部TOP  藤秋会日本一賞歴  藤秋会海外公演  藤秋会家元とは?  プロ集団IWAKI  藤秋会公演実績  全国藤秋会MAP
★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 加藤訓、秋田から全国へ、30年の軌跡その7
昭和57年には栃木の葛生町にも教室が出来その後、群馬絡みで神奈川県の横須賀にも進出。
そして秋田に帰って三年目の昭和58年、秋田民舞団五星会の専属伴奏者として秋田の民謡界にも認識される様に成って来た頃のこと。

秋田に藤尾企画と言うプロの民謡歌手のテープを自主制作して販売している会社が有った。
現在東京に事務所を移して同業を営んでいて武道館の大会等でテープを販売している『藤尾ロクボン』で有る。此処の社長の藤尾隆造さんは、ブラジルに移民した同朋を慰める為に何度も民謡人を連れてブラジルに渡った。

ブラジルを慰問した報告会を兼ねた民謡ショーを、秋田市の文化会館で行った際に五星会の伴奏者として私も出演、たまたま愛知県一宮市から来ていた方が佳北会会主で現在、一宮市議会議員の『中村佳北』さん、その伴奏で来ていた方と楽屋が一緒で、話が弾み是非名古屋に教えに来て欲しいと言う。

幸い前年に富山まで行ってたお陰で名古屋まで足を延ばす事に成った。
最初の稽古が58年の3月、正式には名古屋では無く、名古屋から30分程電車に乗った、葉栗郡木曽川町で有った。
県外三番目の教室は僅か4人でのスタートで
、往復の汽車賃にも満たなかったが、此処から何とか頑張って大名古屋市に進出できれば、必ず目が出る日が来る事を信じて頑張った。

そしてこの年、私は結婚した。
式は6月4日、しかしあろう事か一週間前の5月26日に、あの日本海中部沖地震が発生、死者が100名を超す、未曾有の大災害に見舞われたので有る。



つづく
関連記事

コメント
コメントを投稿
URL
コメント
パス設定
秘密 管理者にだけ表示を許可