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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 加藤訓、民謡会館七五三奮闘記その10
七五三に入社して間もなく二年に成る。
この頃に成ると稽古の甲斐有ってか大分この世界にも馴染んできた。
贔屓のお客さんも結構出来て、店が終わると必ずと言って良いほど食事に誘われた。

相撲のタニマチと同じで芸人を連れて歩くのも一種のステイタスだった時代だ。
当時、七五三の閉店は11時、民謡酒場では、七五三が一番早く終わるので、お客さんと一緒に他の店を覗いて三味線談義に花を咲かせた。

今は津軽三味線を愛好する人が多いからかも知れないが、残念乍、どれを聞いても、余り特徴が無い。
したがって、誰が弾いているかもわからない。

当時、津軽三味線で名前の通った人と言えば、
沢田勝秋
藤田淳一
五錦竜二
高橋祐次郎
佐々木孝
小山 貢
成田光義
福士豊勝
佐々木光義
木田林松次
福居展大
田村 豊
などで有るが 、私が得に好きだったのが、藤田淳一、沢田勝秋、佐々木孝の三人。

それぞれに特徴が有りワンフレーズ聞けば誰が弾いてるのか瞬時に判別出来た。
それは私が七五三を離れた以降何年も変わらなかった。
三味線は個性が出るし聞けばその人の性格まで分かる。
だからこそ面白いのだ。

日頃、大都会のビルの中だけで生活をし、津軽をその目で見た事が無い人に本当の津軽三味線は弾けない。

当時の名手は津軽を知り尽くしているからこそ、何とも言えない情感を出せたのだろう。
まるで目をつむれば、そこに津軽が有る。
津軽の情景が一面に広がる様な三味線で有った。

ナンバーワンで無くても良い。
オンリーワンで自分にしか出来ない特徴を持てば良い。

私の考え方が変わったのは丁度この頃からである。

誰にも出せない音が出来ないものか?
試行錯誤が始まる。

つづく
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