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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2018年10月
埼玉県小川町に師範訓悠(さとゆう)さん率いる訓悠会がある。
来月全国大会があるので訓悠門下参加者の稽古にお邪魔した。

訓悠さんは東京昭島の教室に毎月通って10年、真面目を絵に描いたような方です。
池袋から東武東上線急行で1時間ちょっとで終点の小川町駅に到着。





ここ小川町は何と今では世界に進出している、あの【しまむら】創業の地。


こんなエピソードを聞きました。

その昔しまむらのお手伝いさんが給料がわりにしまむらの株券をもらったそう。

その昔は小さな洋品店だったそうだが、しまむら、と言えば今では東証1部上場企業。
その株券が何十倍にもなって億万長者になったそうで、まさしくしまむらドリームだ!



お昼は会員の山崎さん経営のそば処、勝呂でいただいたお蕎麦が絶品!お世辞抜きで美味く、なるほど県外ナンバーの車もいる。





1時からのお稽古は基本を重視してだったが皆さん真剣そのもの、今後が楽しみです。






訓悠会の皆さん、お世話になりました。

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昨日は東京中野サンプラザで午前中に執行部会議、午後からは来月行われる全国大会のチーフ会議、終了後に、今年のブラジル支部の優勝者、八木静代さんの歓迎会を行った。









その後に訓栄と共に何年ぶりかで浅草の民謡酒場、みどり、に顔を出したら同郷で厨房の百合子おばさんにお会い出来た。


百合子おばさんとはお互いの実家が直ぐ近くでおん歳90歳ながらかくしゃくとしててとにかくお元気。






長~い一日でした。

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電車の移動中、スマホをいじっていたらこんなのが出てきました。





実にうまい事を言うもんだなあと感心。

しかし人の悪口を面白がっててはいけませんよね。


まだまだ人間修行のたりない自分を反省です。

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昨日渋谷の映画美学校にて3時半から津軽のカマリ試写を視た。





ドキュメンタリー式で、二代目竹山を主にお弟子さんが竹山先生を語る場面が多く、私の知らない竹山先生のご苦労や、人となりをじっくりと味わうことができた。





          ( 大西監督、真ん中と高橋竹勇さん)


当時津軽は度重なる飢饉に襲われ、五体満足な人さえ生きるのに苦労した時代、それを目の不自由な竹山先生が過酷な状況で蔑まれながらも逞しく生きて行く情景は凄まじく、そう言う環境からしか生まれ得ないのがあの名人芸だと改めて思った。


どちらかと言えば竹山先生とは対照的な叩き三味線がもてはやされる昨今、真の【魂の叫び】は紛れもなく竹山流津軽三味線であることを痛感させられた映画。
公開は来月1 日から 青森を皮切りに全国各地で行われる。



津軽三味線を志す方には是非とも推奨したい映画です!

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35年ほど前に秋田民舞団、五星会にいた頃、高橋竹山先生と何度か舞台でご一緒させていただいた。
非常に物静かで温厚な方だったが、演奏は実にダイナミックでかつ繊細、最後の角付け芸人としての生き様を彷彿させる熱演は、舞台の袖から眺めていて何度も鳥肌が立ったのを覚えている。


竹山先生の生涯は、映画竹山ひとり旅や、NHKのドキュメンタリーなどでも何度か取り上げられたので、過去に視たことがあって大体は知ってるつもりだが、盲目と言うハンディを背負いながら角付けして生きて来た逞しさは、私の様な青眼者からは想像を超える苦労があった事は言うまでもない。


その竹山先生の生き様を函館在住の大西功一さんと言う映画監督が、ドキュメンタリー映画として撮っていると聞いたのが一年以上前で、些少の浄財を寄付したことで今日渋谷で上映される試写会にご招待いただいた。


タイトルは【津軽のカマリ】
カマリとは津軽弁で、においの意味。






今日若者が何不自由なく津軽三味線を自由に弾けるのも、1965年竹山先生が初めて津軽三味線のソロレコードをキングレコードから出したのが、津軽三味線ブームの火付け役になったからである。


今日は感謝の意味を込めてその生き様をしっかりとこの目に焼き付けたい。

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長者の山全国大会で唄う歌詞は1番は必ず、盛る、盛る、を唄い2番の歌詞は以下の4つの歌詞から選択、これ以外を唄うと失格になる決まり。





最初から4つ目までは昔からある歌詞だが、5つ目の歌詞は今から22年前に娘がジュニアの部門に出た時に家内が娘の為に書いた歌詞で、この歌詞を唄って最優秀賞に輝きました。


♪      真昼岳から  流れる水はナ   実りゆたかな   宝水ナ



真昼岳とは、会場になった旧千畑中学校から真東に行ったところにある山で、学校登山で毎年登った1059メートルの真昼山をさします。


何年か前から実行委員会で指定歌詞に取り上げてくれました。
そして一般の部で優勝した大川あけみさんが2番で唄ったのがこの歌詞。
優勝曲披露で、審査員として登壇していた私は、娘の後ろで伴奏をしてたのを思い出し胸が熱くなりました。







唄ってくれた大川さんに感謝です。

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第28回長者の山全国大会決勝の昨日も、県南の奥羽山脈の麓の町、生まれ育った美郷町は好天に恵まれ決勝の白熱した舞台が繰り広げられた。

式典のあとジュニアの部が18名で競われ、大人顔負けの唄声は流石民謡王国の明日を担う熱演に会場からは惜しみない拍手が送られた。





その後、前日から勝ち残った熟年の部20名、一般の部25名で決勝が行われ、熟年の部はベテラン佐藤幸造さん、一般の部で優勝旗を勝ち取ったのは秋田市の、大川あけみ、さんが見事に唄いあげ28代のチャンピオンに輝いた。





中学3年の時に新校舎が完成しそこで勉強してから約半世紀ぶりに訪れた校舎での審査は、心から楽しめた2日間でした。





             (松田町長を囲んで審査員の先生方と、右端は伝野実行委員長)


実行委員会のご苦労に心から敬意を評します。


お世話になりました。

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昨日、第28回長者の山全国大会初日が無事に終了しました。





会場は今からおおよそ半世紀前に学んだ旧千畑中学校の体育館で、現在は美郷町北ふれあい館と名称を変えて町民の色々な催し会場になっているようです。
卒業以来初めて訪れましたが、当時の面影がタイムスリップしたように思い出されました。







熟年の部20名、一般の部25人が今日の決勝に進出、白熱した唄声が響きわたります。






久しぶりに審査員の先生方と温泉に浸かり一晩語り合い凄く楽しいひと時でした。




さあ、今日も頑張ります。

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我が家の裏の歩道にある桜の木はもうこんなに色づいていて、秋田は秋本番を迎えています。

さて、今日は私が生まれ育った仙北郡美郷町で第28回長者の山全国大会が行われます。






会場となる美郷町北ふれあい館は私が中学の時学んだ千畑中学校の体育館。
千屋中と畑屋中が統合して校舎が完成し3年生の1年間をこの校舎で過ごしましたが、ここを訪れるのは何と、おおよそ半世紀ぶり。


今回は審査員としてお呼びいただいたが、かつての学び舎に響く民謡長者の山はどんな風に聴こえるのでしょうか?



審査は勿論厳正に努めますがとても楽しみな2日間です。

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昨日、民謡茶屋、追分が閉店するとの情報を書いたが、女将として長年店を支えてきた、服部光子さんが8日に亡くなったとの訃報が届いた。





我々が知り得ない諸々の事情で閉店に追い込まれたと、無念さをにじませた若女将のメールからしても、閉店のショックが随分と女将の精神的負担になっていて健康悪化に拍車をかけたのかも知れない。


いずれにせよ、浅草民謡酒場の盛衰を昭和、平成と見守ってきた名物女将は店の終焉と共に静かに幕を下ろしたのは何とも寂しい限りだ。


心からご冥福をお祈り致します。


合掌

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