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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2017年12月
早いもので、なんて言葉が使えないほどのスピードで今年も今日が最後ですね。

今年も多くの方々とのご縁をいただき、色々なことがありました。


私の三大ニュース。

☆     4月   (一財)日本郷土民謡協会理事長就任





☆     7月     藤秋会夢舞台2017IN秋田公演、満員札止め!



☆      9月     腰椎圧迫骨折で全治三カ月と診断、人生初入院。


良いことも悪いこともしっかりと総括をして、来年に生かしたいと思います。

本年のご厚情に感謝です。
本当にありがとうございました。


皆さん、良いお年をお迎えください。

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今年もあと二日となりました。
昨夜の名古屋駅、流石に凄い人です。

それぞれの思いを胸に皆さんどちらまで帰るのでしょうか?

昨日で全ての行事が終了、今日から少しゆっくりできます。
今年も色々なことがありましたが何とか無事に年を越せそうです。


おせわになった皆様、本当にありがとうございました。

来年もどうか宜しくお願い申し上げます。

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憧れの小山会を抑え二連覇した事で俄然会員の士気は上がったが、世の中そんなに甘いものではなく、その後、2年、4年、6年、8年と準優勝に甘んじて、9年から18年まで10年連続、10連覇を達成することが出来たのである。


手前味噌ながら10連覇することは決して容易い事ではない。
10年目に負ければ9連覇にしかならずもう一度10連覇に挑戦しようとすれば20年かかることになるのだから、これは現実的には無理だろう。

10連覇を達成したことで、次の年は出場を遠慮し、通算20回優勝した次の年も休んだ。
しかし今思うとこの2回を休まなければ20連覇も夢ではなかったかもしれない。

ただしこれはたらればの話で実際はどうだったのか?
いずれにせよ、藤秋会が津軽三味線の大合奏で評価されるようになったのは、小山貢翁先生率いる小山会の存在があったからこそである。


貢翁先生のご逝去にあたり、あらためて感謝を申し上げるとともに心からのご冥福をお祈り致します。
長い間お疲れ様でした。ごゆっくりおやすみ下さい。


合掌

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協会の事務所は東京文京区の駒込の駅のすぐ近くにあります。
今年の業務も昨日で終わりという事で、毎年忘年会をやっていますが立場上今年は出席。

4月から理事長に就任したが、皆さんのご協力のおかげで協会重要行事もつつがなく終了、そのお礼の意味も含めての出席させて頂いた。
出席者は30名ほど、事務所と関東の役員さんがほとんどで、和気あいあいのうちに大変盛り上がりました。





ミスター民謡と言われている原田直之先生も暮れのお忙しい中ご出席いただき色々とご提言を頂きました。
少子高齢化の影響で民謡離れが加速している昨今ですが、来年は若者に評価される民謡を目指しで頑張ります。


皆さん、本当にお世話になりました。

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夕べは日頃大変お世話になっている方々との例会でした。
今から7年半前に中国の名山、泰山に登った有志で作った親睦会ですが昨日は81回目の例会でした。
有難い事にこのメンバーが藤秋会の大切な後援者になっています。
名古屋での公演は勿論、武道館でのオリンピックプレゼンテーションや今年の秋田での公演にも、こちらからお願いしなくても皆さん自発的に来てくれる方々で本当に有難くただただ感謝です。
ここまで来ましたので100回まではなんとしてもやろうと思っていますがあと18回、皇太子様が天皇に即位される新たな元号元年のおめでたい時季が記念開催になりそうです。
皆さん、それまで健康に留意して頑張りましょう!
今年も本当にお世話になりました。ありがとうございます😊

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初めて出場した全国大会で小山会の迫力に圧倒された藤秋会は次の年の全国大会目指して懸命に努力した。


ところが、ところがである。
あろうことか61年、62年と予選敗退の屈辱を味わう。
支部長会議でまさかの事態がおきた!


ある方が、秋田から出るのだから、津軽ものではなく、秋田の曲で出るべきだととんでもない事を言い出して、結局採決でそれが通ってしまったのだ。

予選を2ヶ月ほど前にして曲目を変更するのは一からの出直しになり間に合う訳がない。
結局この決定が致命傷になり、その年は勿論、次の年まで仕上がりが中途半端になり予選敗退、これは正直こたえた。


63年、3年越しで勉強した難曲、秋田荷方節をメインにした曲でやっと予選を通過。
3年ぶりに全国大会で武道館に戻れた。


相変わらず出場チームには小山会、澤田会、裕次郎会をメインにベテランチームが顔を揃えている。
この年、藤秋会は悲願だった小山会をついに倒したのだ。

電光掲示板で小山会を抜いた時の会場のざわめきは相当なもので、会員は飛び上がって喜んだ。
そして元号が平成に変わった年、藤秋会はまたしも小山会を破り二連覇に輝いたのである。


つづく

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今年の出張稽古も昨日の鹿児島で全て終了しました。鹿児島に教室を開設したのが平成7年ですからもう22年が過ぎました。

この写真を見て下さい。
鹿児島教室所属で来年ブレークしそうな二人が写ってます。


さて皆さんお分かりでしょうか?





1列目右から2人目の訓煌と2列目右から3人目の訓平兄弟。
どなたかにそっくりだと夕べも話題になりました。

弟の訓煌はスケートの宇野昌麿さん。

兄の訓平は秋篠宮様のご長女、眞子様と来年結婚される小室圭さん。

本当に良く似てるというかそっくりです。

この二人三味線の腕もかなり上がってきており、来年は色々なタイトルを狙わせます。


気合いを入れて頑張り良い年にしましょう。!

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今年最後の県外出稽古は鹿児島。
今日は珍しいルートで姫路から移動して神戸空港から飛びます。



神戸はどこか異国情緒があって良いですね。



一年間ずっと飛び回っていよいよ今年最後だと思うと、何となく感慨深いものがあります。

県外に教室を開設してから早37年目にもなってしまいました。

ここまで支えてくれたお弟子さんに感謝です。

さあ、今年の締めくくり、しっかりと指導いたしましょう。

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譜面があることで私のお弟子さんは譜面を使わない会に比べて数倍の速さで覚える事が出来た。
しかし覚えたと弾けるは別の話で、曲を覚えても実際にしっかりと弾けるようになるには本人の努力は勿論、ある程度の時間を要した。
昭和60年合奏のコンクールがある日本郷土民謡協会に入会、地区連合会の予選をクリアして憧れの日本武道館で行われる全国大会に出る事になった。
前号でも書いた様に当時は合奏のパイオニア小山会、澤田会、高橋裕次郎会が大人数で出演していて、その中でも小山会の規模、風格は別格だった。
譜面で手が統一されているのでバラツキが少なく人数が多いので圧倒的な迫力がある。
先に出場した小山会の演奏を控えの会場で観ていた我々はとにかく全てにおいて圧倒され演奏前に萎縮してしまった。
当然ながら小山会の圧勝、準優勝に澤田会、出来は決して満足のいくものではなかったがそれでも初出場ながら3位に食い込んだ。
その経験をもとに目指せ小山会、追い付け小山会、追い越せ小山会のスローガンのもと、一丸となって稽古に励んだのである。
今から30年以上前の事である。
つづく

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岡山教室の森本さんは岡山FM.ラジオ、レディオモモのプロデューサーとして番組制作の中枢を担っている。



音楽好きで、明るい性格の森本さんにとってこの仕事ははまさしく天職であって仕事の話をすると実に楽しそうだ。

昨日の忘年会で先生番組を持ちませんか、といわれたが、えっ!そんなこと出来るの?と聞いたら、んっ?
もしかしたら出来るかもしれない、ハードルはそんなに高くない。

民謡番組がほとんど無い昨今、本当に皆さんに楽しんで貰える面白い民謡番組を作るのもまたやりがいのある仕事かも?

冠を付けられると言うから、[加藤訓の民謡夢列車]なんて言うのはどうだろうか?


人生その気になれば何でも出来そうだ。

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