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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2016年11月

一昨日従兄弟会で、お邪魔した従姉の家のトイレにこれが掲げられていた。
タイトルは青春。
 
                        青春
青春とは人生のある期間ではなく心の持ち方をいう。
歳を重ねただけでは人は老いない。
理想を失った時初めて老いる。
人は信念と共に若く疑惑と共に老いる。
人は自信と共に若く恐怖と共に老いる。
人は希望と共に若く失望と共に老い朽ちる。
今頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、たとえ何歳であろうと君は若い。
還暦をむかえ老いと向き合って行かなければならない時こそこの言葉で自分を鼓舞したいものだ。
そう言えば、この家で暮らしている98歳の叔母は肌の色艶も良く、頭もしっかりしていて、とても元気だ。
この家の主で叔母の娘の従姉も私より5歳上だが歳よりだいぶ若く見える。
老いは誰でもむかえるが心の持ち方で大きく左右しそうだ。

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先月武道館に秋田と関東在住の親戚が応援に来てくれたが、その中で江戸川区に住む98歳の叔母との再会はとても嬉しかった。
親父と一番顔が似ている叔母だが6人いる兄妹で残ってるのは親父とこの叔母だけ。

小さい時は盆や正月には必ず皆んな本家に集まったものだが、親が亡くなると段々と集まる機会が薄れてやがて疎遠になって行く。
従兄弟も上は70歳を過ぎ、これは今しかないと思い従兄弟会を提案、昨日それが実現した。



集合場所は江戸川区南小岩の叔母の家。
50年以上会ったことのない従兄弟との再会はとても感動的で、血の繋がりとはこういうものなのかと実感。

この繋がりを大切にして次の世代の方々にも受け継いで行き100年先まで続いて欲しいものだ。

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昨日琵琶湖のほとり、大津市民会館大ホールで第4回津軽三味線滋賀大会が行われました。
藤秋会からはご覧の若武者三人が一般男子の部にエントリー。

強者32人のなかで、訓京会の京泰(きょうやす)が見事に優勝!
訓煌(さとこう)が4位、訓栄会の栄正(えいしょう)が5位と大健闘。
若武者三人組が良く頑張ってくれました。
特に優勝した京泰は最近めきめきと頭角をあらわして来て、非常にセンスの良い三味線を弾いています。


ソロのコンクールは審査員の好みでも大きく順位が左右されますが、先週聴いた時はそれぞれが特徴を生かし中々良い演奏をしてましたので期待をしてました。

本当に良く頑張りました。
これを励みにさらなる飛躍を期待してます。


おめでとう!

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今度訓が東京に来るときはいつだ?。
先日電話をくれたのがここ何回かブログに登場して頂いた花火師の鈴木君。


私が学んだ秋田の県南部の山間の町、現在の美郷町、(旧、千畑町)の千畑中学校は、千屋中と畑屋中が統合されて出来た学校で、校舎が完成して一緒に勉強したのは3年の年の1年間だけだった。
したがってクラスが違うと、中々畑屋の方と話をすることは少なく、まして女生徒と話する機会は部活でも一緒でなければほとんどなかった。
しかしながら、先月の武道館には同級生の私がプレゼンテーションの総指揮をとると聞いて多くの方々がわざわざ遠くから応援に来てくれた。href="http://blog-imgs-91.fc2.com/t/o/s/tosyukai777/fc2blog_201611270415594a2.jpg">

これには、本当に感動した。


お盆には花火の町大曲で高校と中学の同級生有志が私を励ます会を設けてくれ、これもとてもとても嬉しかった。


(高校の同級生)

(中学の同級生)

そして一昨日の会議の為に上京した前日、一席設けてくれたのが関東在住のご覧の方々。


会議で、あることが決まるのを皆んなで気にしてくれ、結果をまだかまだかと何度もメールをくれ、まるで自分の事の様に喜んでくれ、スマホのLINEで良かった、良かったとワイワイやってくれてる。


私が飛び込んだ津軽三味線の世界は長い長い不遇の時代があり、今日一日の命を繋ぐ為に血の滲むような努力をし試練を乗り越えて来た音楽。
それはまるでアフリカから南米に売られて来た奴隷が叫んだ魂の音楽、ブルースやジャズの成立過程に似通っている。
津軽民謡や津軽三味線は人と同じことをやらないことで独特の音楽に作り上げられて来た。

津軽弁で『足ひぱり』と言う言葉があるが、この言葉は字のごとく人の足を引っ張ること、つまり登って行く人の足を下から引きずり落として自分がその上に行くような意味を指し、ここから妬みや、ひがみなどが生まれ人の成功を素直に喜べないような寂しい人間性が生まれてしまう。

勿論全てこうなるという訳ではないが、えてして我々の世界にはそのような人が多い。
もしかしたら私もその一人かも知れない。

人の成功を素直に喜べない人は決してその人の上に立つことは出来なく、そんな卑屈な性格にはなりたくないとは思うが環境がそうさせることに一抹の寂しを感じる。
今年還暦のおかげで同級生と会う機会が何度かあり、心から自分のことの様に私のことを喜んでくれる仲間に接する度に心が洗われる思いです。


還暦の年に神様は私にかけがえのないプレゼントをくれました。
これからの人生に大きな大きな財産が出来ました。

みんな本当にありがとう、
心から感謝です。

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この世界で身を立てるようになってから40年をむかえる。
20代、30代の時は60歳はとてつもなく遠く感じた世界が今現実になってしまった。
60歳定年をむかえたら、余生は少しゆっくりして、それまでの疲れた体を癒し、残りの人生は孫の成長を楽しみに静かに過ごすのが、先輩達のライフスタイルだったような気がする。

私もそんなごく普通の生活をして人生をおくれれば良いなと思っていたが、年々寿命が延びる長寿社会がその人生設計を狂わせて来た。

一昨日、同級生の一人が昔私が三味線で生活してると聞いて、何でそんなものをやってるんだろうと思ったと言ったが、決して地位の高くなかったこの世界に入った私を心配してのことだったろう。
そんな彼は現在霞ヶ関の農林省で定年をむかえようとしている。
彼の心配した通り、昔は随分と悔しい思いもしたが、先人や皆さんの努力でその意識は劇的に変化し、今や津軽三味線は紛れもなくメジャーな音楽の仲間入りをして、日本を代表する音楽になっている。

民謡文化の地位向上を目指し、いつか三味線をピアノやバイオリンと同じレベルまで引き上げたい。
歴史の長さからしてもそれはそんなに容易いことではないが着実に近づいていることは確かだ!
自分なりにがむしゃらに頑張って来た自負心はあるので、そろそろギヤを緩め熱くなった体を少しずつ冷まして行こうと思ったが、世間は中々そうはさせてはくれないようだ。


これも天のお告げだろう。

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中学を卒業してから早45年。
約半世紀前に一緒に学んだ仲間がその長い時間を埋めるのは、まさしく一瞬で出来ちゃうのが不思議である。

昨日、先月武道館に応援に来てくれた関東在住の同級生が一席設けてくれた。
それぞれがあの田舎から出て来てこの大都会で立派に生きていることが嬉しく誇らしい。

妬みやひがみの世界で長く生きていると、人を疑ってかかるような嫌な性格になるが、心から純粋に応援してくれる友との時間は、そんな汚れた性格が洗い流される様で実に清々しい。

花火師として世界中を飛び回って来た鈴木君(左奥)、武藤君(右奥)の兄貴は東京で有名な照明家だそう。

大空に舞う大輪の花火と照明と津軽三味線。
想像するだけでわくわくする。
友との再会は時空を超えて、何かとてつもないことが起こりそうな、そんな予感がする夜でした。


みんなありがとう。

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例年12月に行っていた名取会の納会ですが、何かと慌ただしい月なので今年はひと月前倒しで11月の昨日行いました。
毎年この納会では講師をお招きし勉強会も行っていますが昨日は宮崎県から九州民謡界の大御所、泥谷吉人先生をお招きし、刈干切唄の講習をして頂きました。

この唄は哀調溢れ、慌ただしい現代にどこかほっとさせてくれるような、なんとも言えない安らぎを感じさせてくれる唄です。
わりと覚えやすいフレーズなので、もっと簡単に歌えると思ってましたが、実際講習を受けるととんでもなく難しい唄であることが判明。

1時間の講習時間ではとてもとても覚えることは不可能な曲でした。
予定時間を大幅にオーバーしての講習会でしたが、何となくこんな曲かな?とわかった程度で、これは1回ではとても無理なので改めて機会を設けることにしました。


講習会終了後には藤秋会と、泥谷会のミニ演奏会を行い、それぞれの良さを存分に発揮し、大変有意義な名取会納会になりました。





次は藤秋会が宮崎を訪問する番、今から来年が楽しみです。

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昨日宮崎から日頃親しくさせて頂いてる九州民謡界の大御所、泥谷吉人先生一行が名古屋を訪れました。
今日名古屋入りする3名も含め、一行を藤秋会の名取会にお招きし、宮崎を代表する民謡、刈干切唄の講習会を開催することにしました。

今年の3月に刈干切唄全国大会に審査でお邪魔した際、唄から醸し出される昔の情景が目に浮かび思わず感動で涙が溢れてきました。

そんな感動を皆さんに味わって頂き、講習後には参加者によるミニコンクールも開催します。


終了後の懇親会ではおそらく刈干切唄の大合唱がこだますることでしょう。


楽しみです。

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ブログを書いてもう7年が過ぎた。
最近はすっかり怠けてしまい空ける日が多くなったが、今思うとよくもまあ5年もの長きにわたって休まずに書けたものだと感心してしまう。

夕べ東京にいる中学の同級生有志が呑んでると電話をくれた。
ひとりずつ代わって話をしたが、何人かがブログを見るのを楽しみにしていると言う。
そう言われると折角見てくれてるんだったらと思い今日は書こうと思ったが、休み癖がつくと毎日書いてた時とは違い、パッと頭に浮かばない。
そんなことでネタ探しに撮り置きの写真アルバムを見ていたらこんなのが出てきました。
このTシャツは今年の7月に新調したもの。
前の物よりもだいぶ派手になったが、なまはげが愛らしく秋田らしさが出ていてお気に入りだ。



ちなみに前のシャツはこんな感じ。
出来ないコンプレックスのせいか偉そうに横文字にしたが、これはこれでなかなか好きだ。

まあ、比べると私に合ってるのはどう見ても上ですね??



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秋田出身の女優、浅利香津代さんと言えば名脇役として時代劇には欠かせない方で、どんな役でもこなせる幅広い演技で多くのファンを魅了してやまない。
特に語りには定評があり、来年7月の秋田公演ではひとり五役を演じて頂く。

浅利さんは東京在住だが毎月日本舞踊の指導で秋田を訪れるので、昨日打ち合わせの時間を頂いた。
とても気さくな方で、気兼ねなく話せるし、何よりも芝居に対する情熱は熱すぎてどんどん浅利ワールドに引き込まれてしまう。

演じるは今年の7月に訓栄会の20周年記念公演で絶賛された津軽三味線の始祖、仁太坊物語。
この物語を津軽弁に変えて五人の声色を巧みに使い分けられるのは、あまたいる女優の中でも浅利さんをおいて他にはいないだろう。


今から観客の反応が楽しみだ。

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