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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2016年10月
本番でエピソードがあった。
糸が切れたらカウントされないので充分に気をつけるようにとミーティングで言ったが、一番困るのは駒切れ、と言って駒に付けた糸を乗せる溝が山切りになってしまい、そこから切れることを言うが、これが中々厄介だ。


一度駒切れが起きると、同じ所から何度も切れる。
自分で注意して切れていては洒落にならないので常日頃から心がけている。
本番の日にも朝糸を替え、駒切れしないか出番直前まで確認して出た。
ところがである。
松村一郎さんの前説が始まり、3分くらいしてからか。
丁度天国にいる先人の話をしている時、パン!と言うかん高い音がした。

んっ?これはやばい!糸が切れた!
切れたのは3の糸。
まずいなあ。
前日のリハーサルでは前説の終わりの言葉しか聞いてなくあくまでもアドリブなので何分やるかはわからない。
近くにいれば糸を結ぶまで伸ばしてもらえるが距離がありそれを伝えられない。

掛け声を掛けるので、3の糸が弾けなければ、弾いたふりは出来ても、皆さんにモニターとしての音を返せない事になる。
大変な事態だが、不思議と焦りはなく、間に合う事を信じ糸を結ぶ作業をしていた。

そうしたら、私の5人右にいた訓栄が自分の三味線をすうっと差し出した。
糸が切れた音がマイクに拾われたので、もしや私でないかと思ったと言う。
さすが私の弟子だ!

場内は暗転で真っ暗だったので皆さんは全くわからない中で行われたエピソード。
訓栄が間に合ったか心配だったが、照明が入るまでギリギリセーフ、事なきを得た。

実は訓栄が座ってる席は出演者の中でも名前の通ってる師匠達を配置した場所で、当所訓栄の座席は違う場所だったが、そこに座る方が急遽出れなくなり、その会の別の方が座る事になっていた。

虫の知らせか何か問題が起きてはまずいと思い、訓栄をそこに座らせた。
この采配がぴたりと当たったのだ。
自分で言うのもおかしいが、最高の師弟連携。


それにしても天国にいる先人は味な事をやるもんだ。
天国で集まって聴いてた名人達が、場内が暗転な事を良いことに、よし!加藤に少しいたずらをしてやれ!
随分過激ないたずらだが名人達はきちんと間に合う事を想定してのいたずらだったのだろう。

多分首謀者は一番茶目っ気たっぷりでいたずら好きの私と同県人、高橋祐次郎師匠じゃないだろうか?(大笑い)
生前は随分と可愛がって頂いた。


こんな天国からの最高の演出もあり奇跡的に、2056人の演奏が揃った。
リハーサルには1000人が来てない。
これは紛れもなく、天からの贈り物。


天国に眠る大先輩達、本当にありがとうございました。

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私が主催する藤秋会のお家芸は器楽合奏。
郷民入会以来、一貫してそれに取り組んで来た。
まあ、私は不器用なのでそれしか出来ないこともあるからかもしれない。

初めて武道館の土を踏んだのが今から31年前。
今もたいしたことはないがその当時は弱小団体で、知名度も全く無い田舎の団体。
しかしながら努力はして来た。

その甲斐あってか初めて武道館で常勝軍団、小山会を破って総合優勝したのが昭和63年。
その後勝ったり負けたりを繰り返しながら平成9年から18年まで10年連続10連覇を達成、その功績が認められ20回目の優勝を達成した第53回大会で協会初となる団体技能最優秀賞を受賞した。

今年は、藤秋会で2チームをエントリー、11チーム中、最後に出たチームが優勝、23回目の優勝に輝き大臣賞を頂いた。
最近は藤秋会が出ると他が出てこないなどとの話も聞こえて来るが、強い所に勝つから喜びがあり、そこを倒すからレベルが上がって行くことを忘れてはならない。
いつか藤秋会も破れるはず。
でもそれが自然で、破られたらそこを破るように努力すれば良いことだ。

取り敢えず、郷民で23回目の優勝を喜び会員の努力には拍手を贈りたい。
さあ、次の目標は17年振りに行う秋田公演。

会の力を結集して素晴らしい公演にしましょう。

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早いですねえ。
あれからもう1週間になろうとしています。
武道館で行われた津軽三味線大合奏には多くの応援団が来てくれた話をしました。
中学校の同級生、高校の同級生、代議士の村岡敏英先生、友人、家内の知人、名古屋から後援会の皆様など、何とその数は90人にもなりました。
中でも東京の新小岩で暮らす98歳の叔母さんと何十年ぶりかの再会は、とても心に残りました。

(50年以上前の写真を見ているシーン)
この叔母さんは親父の姉で6人いた親父の兄弟姉妹の中で親父とこの叔母さんだけが残ってます。
さすがに足は弱りましたが、頭はしっかりしていて、どうしても応援に行きたいと一緒に暮らす娘さんと来てくれました。
そして、対照的に若いこの子は従姉妹の子供の子供。

名前は忘れましたが、おじちゃん頑張れと一生懸命声援してくれたそう。
嬉しいですねえ。
みんなに支えられてるから出来たんですねえ。
本当に感謝です。
皆さん、ありがとうございました。

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何か大きなことをやるには、決して一人だけでは出来なく、支えてくれる裏方さんの存在を忘れてはならない。
今回のオリンピックプレゼンテーション津軽三味線大合奏、ギネスに挑戦で絶対に忘れてもらってはならない人が三人いるので紹介しておきたい。



武道館でのプレゼンは今回で3回目。
その列びを一手に、しかも完璧にやってくれたのがこの二人だ!
実はこの二人は夫婦で、名古屋市天白区在住。
右が藤秋会のお弟子さんの中では最高位、総師範の訓栄(さとえい)。

左が奥さんで大師範の訓菊(さとぎく)

共に三味線歴は長く、訓栄は秋田の私の家で内弟子として寝食を共にした。

外からはあまりわからないかも知れないが、あの人数での列びを決めて行くのは大変どころの話ではなく、本番が近づいて来ると猫の目の如くコロコロと毎日変わる人数に座席の調整をしなければならず、本番当日も欠席者の空席を埋めるのに汗だくになり走り回ってたのを皆さんも見ていたはずだ。

用意周到で全ての社中に送る注意事項の作成から座席に貼る会の名前の作成、座席指定券を考えたのもこの二人だ!
この二人無くしてはこの一大イベントの成功はあり得なかった。




そしてもう一方。
この人はもうすぐ入門30年をむかえる、愛知県豊田市在住、大師範の訓慶(さとけい)で藤秋会の事務局と財務を担当して頂いている。

今回訓慶が担当してくれたのはギネス側との申請から本番までの段取りの全て。

一昨年は協会事務員の大澤さんがやっていたが退職した為に協会では対応出来ない。
これがなぜ難しいかと言えば、ギネス側との申請は最初は本国イギリスとの直接やりとりになるので全て英語。

何を隠そう、訓慶さんは元トヨタ自動車勤務で海外勤務もしていたので英語はペラペラ。

そう言えば退職した大澤事務員はこの対応に物凄く苦労して英語の出来る弟さんに聞いたり、辞書との格闘が連日だったのを良く覚えている。


苦労話を得意になって話すつもりはないが、こんなに頑張ってくれたのに、カウントされなかった人が142人もいたことは残念の極み!


失礼ながら、こちらの思いとは裏腹に、遠足気分でこのイベントに参加した人も中には見受けられたので、あえて紹介させて頂いた。



是非ともこの三人に労いの拍手を送って頂きたい。

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先日のオリンピックプレゼンテーション、津軽三味線大合奏ギネスに挑戦には、多くの仲間が応援団として駆けつけてくれた。

地元秋田選出の国会議員、村岡敏英先生やわざわざ秋田から中学校の同級生や親戚。

名古屋から友人が来てくれその数は総勢90人にもなり、秋田テレビはカメラ6台のクルーで撮影してくれ、地元の秋田魁新聞も取材に来てくれた。
忙しい時間帯だったので全て写真に収めることが出来ず残念だったが、この御厚情には涙が出るほど嬉しかった。

こんなに応援してくれてオリンピックに出ない訳にはいかない。
絶対出る! 絶対出る! 絶対出る‼️

(上の写真は98歳、東京在住の叔母さん)
絶対出れるよ。
私には2056人の奏者と世界一の応援団が付いているんだから!

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日曜日に日本武道館で行われたオリンピックプレゼンテーション、津軽三味線大合奏で演奏した人数は、2056人!。
これがギネス監視員42人が自分の担当エリアを演奏者が着席後に数えた正しい数字です。
しかしながらギネス認定員から発表された人数はまさかの【1911人】
えっ?と思われた方も多くいたと思います。
私も認定員の発表に思わず耳を疑いました。
んっ?どうして?、そんなバカな?
前日の訓栄の計算では2095人はいた。
当日は過去2回でもドタキャンや、都合で来れない人が結構いたが2000を切ることは絶対ないと信じて疑わなかった。
正直、写真を見るとその時の私の顔は無理に作り笑いをしてるような.どことなくぎこちない複雑な顔になっています。

これには想定外の状況が発生したことでこのような結果になりました。
原因は、何と!指定された入り口を通過せず、違う入り口から入ってカウントされない人数がかなりいた為にこんな残念な結果になってしまいました。
今回の参加団体は140ほど。
その中には今年初めて参加する方も多く、各団体には事前にリハーサルの予定、本番の予定、どこの入り口から入るのかを事前に2回も書面で通達しているにもかかわらず、上から下に指導が徹底されてなかった団体があったこと。
リハーサルに1人も出て来なく、代表が出れなければ必ず代理を出すように通達してるも、重要なミーティングにも出てこない団体が複数いたこと。
ここまで来るに3年、かなりのものを犠牲にして頑張って来たのに、言葉がありません。
悔しさを通り越して無念!さで一杯です。
結局、2056人いながらルールを守りカウントされたのは1914人。
きちんと演奏してないと見なされた人が3人で【最大の三味線アンサンブルギネス世界記録】に認定された結果は1911人。
これがギネスの記録になってしまいました。
幻となってしまったカウントされなかった方々が142人。
ギネスのカウントは座席に座ってから数えるのではなく、あくまでも入り口で認定員が1人ずつカウントする方法をとってます。
したがって勝手に別の入り口から入って座った方はカウントされません。
誰もが冗談に聞こえたかも知れませんが、もしも本番で失敗した場合、あれだけの演奏者とお客様を集めておいて、失敗しました、ごめんなさい、では済まされる訳はなく、私は次の日に腹を切ってお詫びをしなければならないと真剣に考えていました。
せめて2000の声は聞きたかった。
2000人は絶対に固いと思っていたので、残念ではありますが、我々の最終目標はオリンピックに出場することで、ギネスはあくまでも話題づくり。
当初の目標は1600人、しかも前回の1124人を800人も上回る快挙です。
天が味方をしてくれて演奏は奇跡的に上手くいきました。
世の中は色々な事が起こります。
想定しないことを想定しなければならない事があることを痛感!
これが人生、またひとつ勉強になりました。

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。。
オリンピックプレゼンテーションから一夜明けた昨日、前回同様の新聞報道を期待しましたが、日曜日は衆議院議員選挙の補欠選挙が行われた日。
各紙は、その選挙報道を優先した様です。

それでも郷里は何とありがたい事でしょう。
土曜日の朝刊にはギネスに挑戦する告知。
そしてプレゼンが行われた後の昨日はご覧のように、異例の表紙に大きく掲載して頂きました。
民謡関係で表紙にこれだけ大きく取り上げて頂いた記憶はありません。
本当にありがたい事です。


三大紙では讀賣新聞が掲載してくれました。
そして、日本テレビが朝の番組で、地元秋田テレビが夕方の番組で取り上げてくれました。





各社には心から御礼を申し上げます。

昨日は朝から夜まで電話やメールの嵐!
一昨年も反響は凄かったですが、今回はそれを更に上回っています



頑張れば天はちゃんと見てくれてるんですね。

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何から書こうか?
私が2020年、東京オリンピックの開幕に津軽三味線を世界に発信しようと思ったのは、今から3年前にさかのぼる。
オリンピックが東京に決まった3年前の9月8日、私はある決意をして次の日から早速行動。
当初は自分の会を主体に広げて行こうと考えていたので、早速次の日に会をピーアールするためのパンフレットを発注。
その時の中刷りがこれだ。

そのパンフレットを後援会を通じて関係先に配布し協力を求めたのである。
年が明けた14年2月、秋田のある民謡の先生の祝賀会で乾杯の音頭の指名を受けた際に、オリンピック出場の夢を語ったら、何と会場から失笑されたのを今でも忘れない。
まあ、その方々にすれば、オリンピックに出るなどとの話は、田舎のことゆえ、とんでもないホラ話に聞こえたのも無理はないかも知れない。

同じ月の誕生日にたまたま岡山教室のみんなが作ってくれたのがこのケーキ。
お弟子さんの気遣いが本当に嬉しく、このケーキが更に決意を強くさせました。

つづく。

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終わりました。
昨日、日本武道館で行われた、オリンピックプレゼンテーション、津軽三味線大合奏ギネスに挑戦!は結果1911人で一昨年の1124人を約800人更新しました。


昨年の大会終了後に1600人での演奏を目指しましたのでそれ自体は大幅に達成しました。
演奏もあれだけの人数で、ぶっつけ本番状態!
神がかり的な演奏は奇跡的としか言いようがありません。


ただ、反省点は、色々あり、今後それをじっくり分析して行きたいと思います。



誰もが成し得なかった事をやることは疲れます。


リハーサル、本番と協力頂きました協会役員の皆様、全国から集まってくれた演奏者の皆様、私の夢に付き合ってくれた、世界一の弟子、藤秋会の皆さん。

そして何より会場に足を運んでくれたお客様に心から厚く、厚く、感謝をし御礼を申し上げます。


本当にありがとうございました。

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ついに、ついに、ついにその日が来ました。
今日は津軽三味線の歴史が変わる日です。
昨日武道館でリハーサルが行われるました。
松村一郎さんのナレーションに津軽三味線苦悩の時代がよみがえり、熱いものがこみ上げて来ます。
上手く行くかって?
絶対上手く行きます!行かせます。
今日は津軽三味線の先人が日本武道館に来て守ってくれるでしょう。
あと数時間で歴史が変わる感動の瞬間が訪れます!

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