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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2016年04月

昨日から大型ゴールデンウイークに突入し最長だと10日間も休みになるとか。

予定のある人、ない人様々だが、特に関東にお住まいの予定のない方にお奨め。

来週の6日、7日の2日間にわたり東京文京区のシビックホールに於いて【第55回郷土民謡春季大会】が開催される。

初日は11時、二日目は10時からの開演で、関東地区の会員による民謡、民舞、器楽合奏等のコンクールを行う。

コンクールの合間にはゴールデンショーも行われプロの唄もたっぷりと堪能出来る。

二日目には秋の全国大会オリンピックプレゼンテーション、津軽三味線大合奏の前哨戦として、350人による合奏も予定されており、私が指揮をとる。


お時間のある方は是非お出掛け頂きたい!。

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芸術にも色々あって、我々がやっている聴いて楽しませる音楽、見て楽しむ絵画や書。
味を楽しむ食等々。
 
人に感動を与える芸術は多岐にわたるが、ご覧の写真は中国伝統、中華料理の前菜である。
 
この実に細やかで鮮やかな色彩を包丁一本で造り上げる技は素晴らしいを超越している。この技術は中国でも特級の称号をもらったシェフしか造れない最高級の技で、これだけの物を造れる人はそうそうお目にかかれない。
 
これが前菜です、どうぞお召し上がり下さいと言われても、崩してしまうのが勿体なくて中々箸を付けるのには勇気がいそうだ。
 
 
中華料理の経営者だったら付加価値を高める為にも是非置いておきたいシェフだが、幸せなことに縁があって、これを造った特級シェフが来月から私がプロデュースする、名古屋栄の【中国料理・天山】で働いてくれる事になった!
 
 
何とも嬉しい限りだが、芸術はジャンルを超え共通する部分が多くあるので、彼の素晴らしい芸術から音楽的慣性を磨ければと思います。
 
 
【中華料理・天山】
 
 
 

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ただ今旅に出ています。
旅と言っても旅行ではありませんよ。
毎月の教室巡り、言わばどさ回りです。


24歳からどさ回りをしてもう随分と長くなりました。
最近はちょっとしんどい時もあります。


じゃあどうして行くのか?
それはねえ、こんな私でも皆が待っててくれるからなんですよ。
長年通って、何が一番嬉しいかと言えば、毎月私を待っててくれる人がいること!


何が幸せかって人生でこんな幸せな事はない。

さて、今日は皆さんどんな笑顔で迎えてくれるのかな?


今日も1日頑張ります!

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昨日岐阜の会合後の宴席で、【包丁式】なる儀式を初めて見ました。

包丁式とは、料理に関する作法のことで、これを演ずることは調理人の名誉とされているとか。


素材に一切手を触れず包丁と真魚箸(まなばし)でさばいていく、調理法らしい。
現在では中々これを出来る人は少なく、神聖な儀式の後に頂くお刺身は格別の味がしました。


何事も演出が大事のようです。

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日曜日に(一財)日本郷土民謡協会【岩手中央地区連合会】が主催する武道館の予選会に行ってきたが、秋田県の隣県ながら勢いの違いを痛切に感じた。


お話を聞くと、とにかく皆さん前向きで、一緒に審査にあたった、岩手県民謡協会の藤沢会長のお話によると、行政の力の入れようが我が秋田県とは雲泥の差がある事が判明!


岩手県知事も盛岡市長も、民謡は岩手県の宝ととらえ、会議の後の懇親会では、必ず南部牛追い唄を披露すると言う。

知事に至っては、お世辞にも上手いとは言えないが、何と!二番まで披露する熱の入れよう。
ある大会では両者が選手として出場し、知事が尻から2番目、市長が尻から3番目だったそう。
最下位は本来はうまい人だが歌詞を間違った為ビリになったとか。

行政のトップお二人がこのような姿勢で下の者が付いて行かない訳はない!
俄然やる気になり、岩手県民謡界の発展に繋がっているのだ。


それとメディアの支援が大きい。
IBC岩手放送は過去50年にわたって毎週ラジオで民謡番組を放送しているそうで、時にはスポンサーが付かない時もあるが、局の持ち出しで放送してくれてるそうだ。
この日の予選会の模様も後日放送するために音を録っていた。


近年の民謡全国大会を見ると岩手県勢が輝かしい成績を残している。

なるほど納得。原因はその辺にありそうだ。
我が秋田県も何とかしなくてはならない!

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今年ほど各地で桜を楽しませて頂いた当たり年も珍しい。


鹿児島、姫路、名古屋、岐阜、三重に東京。
一昨日の盛岡。
そして我が家の裏も昨日で8分桜き!
この1週間が見頃となりそうです。


昔はゴールデンウイークがこの辺の花見のピークでしたが、温暖化の影響で開花が早まりこの分だとその頃は残念ながら葉桜。

秋田の桜の名所と言えば近年外人にも人気の高い県南の【角館】
現存する武家屋敷の中に400本のしだれ桜!

これは絶対に見逃せない!
何と!その中に国の天然記念物の桜が162本もあり、桜の名所は全国各地にあるが、国の天然記念物に指定された樹木がこれだけ集まってるのは角館だけだそうです。


そして武家屋敷のすぐそばを流れる桧木内川左岸のソメイヨシノは2キロにもおよび、それはそれは圧巻です。

暇とお金のある方はこの週末は秋田に来て、秋田民謡を聴きながら地酒で花見なんてのはいかがででしょうか?

最高の贅沢!、至福の時間をお約束致します。

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昨日、(一財)日本郷土民謡協会【岩手中央地区連合会】が主催する、秋の武道館での全国大会を目指しての予選会が盛岡市で行われ審査に行ってきた。


民謡王国、東の正横綱を自負する秋田だが昨今その位置を脅かしてるのが岩手県勢!
秋田の隣県、岩手にも良い民謡が沢山あり、昨日は朝からたっぷりとそれらの名曲を堪能させて頂いた。


代表曲はなんと言っても、南部牛追い唄。
それに全国に知られている、外山節、沢内甚句、南部よしゃれ節、南部木挽き、等々。


内閣総理大臣賞を競うグランプリ部門に輝いた方が、もはやベテランの域に達した【吉田やす子】さん。
名曲、南部牛追い唄を持ち前の高い歌唱力でたっぷりと聴かせてくれ、文句なしで武道館の切符を手にした。


アトラクションでは、オリンピックプレゼンテーション曲、六段を35人で演奏。
こちらも大変盛り上がりました。


我が家から盛岡までは車で2時間の旅。
行きの期待と、帰りの満足で大変心地よい一日になりました。


岩手中央地区の皆さん、10月の武道館を楽しみにしています。


お世話になりました。

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自然の猛威の前にはいくら英知に満ちた人間でも何と小さい事かを毎回知らされるが、木曜日の夜に東京のホテルでこのニュースを知り、ほとんど朝まで寝つけなかった。


泊まったところが九段下のホテル14階で、そう言えば2011年の東日本大震災の時にすぐ近くの九段会館の天上が落ちたのをとっさに思いだし、ビルが林立する外を眺めながら、もしこの東京で叫ばれてる直下型地震が起きたらいったいどうなるだろうと背筋が寒くなるのを覚えた。


それにしても日本は地震が多い!
マグニチュード7クラスの巨大地震が1925年から今回の熊本県地震まで、何と!49回も起きていて、その割合はおよそ1.8年に1回の計算になる。
記憶に新しい平成になってからも実に14回もの大地震に見舞われている。


そんなに多いのかと思う頻度だがこれが日本の現状なのだ。
熊本県は直接のお弟子さんはいないが、お弟子さんの親族や民謡の友人もいて、大変心配した。
幸いにして亡くなった方はいなかったものの、各々被害があり、とても気の毒な状態だ。

自分がいる建物が崩壊した場合等は避けようがなく、運を天に任せるしか無いことになるが、とにかくどんな事態になろうとも、日々悔いのないような人生を歩む事を心がける事が大切なようだ。



今回災害に遇われた皆さんの一日も早い復興を心から祈念致します。

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秋田荷方節三味線コンクールで悲願の優勝をつかんだ梅若鵬修さん。
入賞者10人が呼び出され舞台袖で待機している時に、たまたま訓成が隣にいたのでお疲れ様でした、立場的に色々大変だったでしょうと聞いた時に、浅野家としての重責と本人のプレッシャーがいかに大変だったかを、衝撃的な短い言葉で表したと言う。


打ち上げの時にその言葉を私の真ん前で話し、その心情を想い訓成は号泣してしまった。
思わず私も込み上げる涙を押さえられなかったが、本人のプレッシャーはそれほど大きなものだったのでしょう。

それを乗り越え見事に優勝した鵬修さんの努力と忍耐力に心から敬意を表したいと思います。


人間の真価とは逆境をいかに克服して結果をだせるか!


今年苦杯をなめた藤秋会諸君。
鵬修さんを見習って来年はもっと高いステージを目指しましょう!!

さあ、休んでる暇はないよ。
1年なんてあっと言う間です。

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第七回秋田民謡全国大会、秋田荷方節三味線コンクール、今年の覇者は正統派梅若流の直系【梅若鵬修】さん。

梅若鵬修さんは、三味線名人位、先代【浅野梅若】師匠のお孫さんで、現二代目浅野梅若先生のご子息。
本格的に三味線を始めたのは初代梅若師匠がお亡くなりになってからだから20代の後半からのように記憶している。


非常に真面目で礼儀もしっかりしており、いつ会っても爽やかな印象だ。
この秋田荷方節の三味線は、お祖父様に当たる先代梅若師匠が作り上げた秋田三味線の代表曲で、技術的にも非常に難しく、難曲中の難曲と言われている

秋田民謡全国大会を開催するにあたり、そんな素晴らしい三味線を作り上げた、梅若師匠の偉業を讃え後世に伝えて行こうとコンクール部門を設けた。


鵬修さんは、第一回目からこのコンクールに出場しているが、入賞をするも、あと一歩のところで優勝には届かなかった。


お祖父様が遺されたこの素晴らしい曲のコンクールでタイトルを獲ることは、優勝旗を提供している浅野本家としては悲願で、毎回相当のプレッシャーだったことは想像にかたい。

六回目までの大会の優勝者は県内の人が1人で5人は県外の方々。来年こそは何とかしなければとの思いは年々大きな重圧となって彼にのしかかったのだろう。
そんな苦しみから開放された喜びと安堵感で、一気に涙が溢れ出たシーンは本当に感動的で賞状を読む時も涙をこらえるのがやっとだった。


とにかく良かった。
お孫さんの優勝を誰よりも喜んでいるのは天国の梅若師匠。
そしてもう一人。

昨年は私の隣で審査をしていた、伯父さんにあたる、梅若梅清先生。
昨年の12月に梅若師匠のもとに旅だってしまった。

鵬修さんの演奏は天国のお二人に十二分に満足を与える演奏でした!。


本当におめでとうございます。
そしてこの優勝を機に更に飛躍して頂くよう願ってます。



おわり。

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