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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2015年10月02日


一昨日、深川の馬肉の店【みの家】に行った話をしたが、そこのパンフレットに載っている地図で、すぐ近くに赤穂浪士の討ち入りの現場となった吉良邸跡があるのを発見!


えっ!吉良邸があったのはこの辺りだったかあ。

縁あって播州姫路に通いだしてから忠臣蔵大好き人間になったが、こんなことも知らないとはうかつでした。
さくら肉を頂きながら思ったのは、義士は上野介の首を撃ち取った後に、主君、浅野内匠頭が眠る高輪、泉岳寺まで首を掲げて歩いて行ったはずだが、果たして何キロ歩いたのかが素朴な疑問として浮かんできた。


高輪と言えば品川の近くだから深川からだと結構ありそうな気がする。
何故ならば昔近くの浅草にいたので高輪は何となく遠く感じていた。

討ち入りをしたのが明け方の四時頃で終了が六時頃だと言われてるので、それから歩いたらかなりかかったはず。
徹夜で討ち入りをし、精神的にも肉体的にも疲労が限界をとうに越えてたはずだから、上杉の逆襲に備えて戦闘装束を付けたまま歩いてとなると、これは尋常でないことは容易に想像出来る。


幸いな事に昨日は今日の協会会議の為に行ったり来たり移動するのも大変なので東京滞在。
しかも、偶然にも泊まったホテルが高輪からほど近い大崎。
よしっ!ということで昨日泉岳寺に行ってみた。


そこで判明したのは吉良邸から泉岳寺までその日に義士が歩いた道のりは13キロほど。
義士達は六時過ぎに本所を出て途中休憩をしながらも八時頃には
泉岳寺に到着している。
当時は歩くのが交通手段の基本だから今よりも歩く速度は早いはず。

しかしながらこの状況での精神力と忠義心には脱帽。
そりゃそうだ。
江戸城、松の廊下刃傷沙汰から1年と10ケ月、早る気持ちを堪え忍んでただただその日を待ち望んだ浪士にとってこれしきは大したことではなかったろう。

昨今の民謡界を見るにつけ、さっさと主君を裏切って偽主君になるのもいる有り様。
偽主君だけを責める訳ではないが、習い事の世界も大いに義士に学ぶべきところがあるのではないか??


天気は今ひとつでしたが、内匠頭と四十七士の墓前に手を合わせ、心は久しぶりに晴れ晴れとしました。

(写真は浅野内匠頭の墓)

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