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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2015年05月
平成10年も藤秋会にとって精力的な年になった。
それまで青森以外では行われていなかった津軽三味線コンクールを本州で初めて、(財)日本民謡協会の主催で4月に東京日比谷公会堂で行った。
所属していた日本郷土民謡協会と双璧の日本民謡協会の大会で優勝する事は大きな意味があり、迷うことなくこの大会に挑み見事に優勝!

前年にカーネギーホール公演を大成功させた勢いそのままに6月には音楽の都と言われるオーストリア、ウィーンの【楽友協会ホール】にて単独コンサートを行った。

ここは新年に10億人が視ると言われてる、ウィーンフィルハーモニーの【ニューイヤーコンサート】が行われる会場として世界的に知られており、音楽家には憧れの聖地である。
日本の邦楽をここでやるのは初めてのことであり、許可を得るまでは大変苦労したが、地元のテレビ出演もさせていただき大きな話題になった。

金で飾られた黄金のホールがとても印象的で、カーネギーホールとはまた違った品格を感じた。

10月には2回目の高岡公演を高岡市民会館で行い満席札止め。
さらにこの月には武道館の全国大会でも優勝し、イケイケドンドン!着実に実績を積み上げて行った時期である。

つづく

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平成7年に姫路市文化センターで公演を行い、翌8年には秋田県民会館で15周年記念公演を行った。
多くの会が【発表会】の名称でやるなか、藤秋会はあえて【公演】という名前で行った。

たんなる会員の発表の場ではなく、お金を頂く以上、プライドを持ちお客様に納得して頂く為にあえてこの名称を貫きたかった。

そしてつづく平成9年は私にとって一生忘れられない年になった。
その出来事とは、ニューヨークの【カーネギーホール】で単独公演をやったこと。
なんとこの夢の様な公演に160人の大人数で押し掛け、忘れもしない3月3日。
朝から冷たいみぞれが降り最悪の天候。

ああ、これではお客の入りも悪いだろうと半ば諦めていたが、蓋を開けてみたら会場は一杯のお客で溢れていた。
流石にこの時は感動したが、最後の曲、津軽の響き、が終わった途端、万雷の拍手と共にスタンディングオベーション。
これには参った。

涙が止めどなく溢れて来て、視界が曇るほど、多分、人生であれだけの感動はまず無いだろう、それくらい衝撃的な出来事だった。

その公演の模様や観光しているシーンが翌朝、なんと!日本テレビの【ズームイン朝】で放映され、一躍、藤秋会の名前が全国に知れわたる事になる。
9月には岐阜の長良川国際会議場の大ホールでカーネギーホール報告公演をし、200名の大合奏を初めて披露、新聞にも大ききく取り上げられた。

さらにこの年から所属していた、日本郷土民謡協会、秋田地区連合会から独立、協会で唯一、藤秋会単独で【中日本地区連合会】を結成し、10月の武道館での全国大会では、6回目の総合優勝に輝いた。


つづく

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藤秋会夢舞台2015まであと1ヶ月となりましたが、最も出演者の多い中部地区の音合わせが昨日、清須市市民センターで行われました。

参加者は、太鼓や箏のメンバーも合わせて150名ほど。
これだけのメンバーの音圧は流石にものすごく、たまたま会館を訪れた方々が何事かと外に集まって来て聴いていました。

三味線の仕上がりも良く、今までの公演で最も納得の行く内容になりそうなので是非とも足を運んで頂きたい。
今後芸術劇場での公演はしばらく予定がないので、圧巻!迫力の大合奏をお見逃しなく。

チケットは夜の方にまだ余裕があります。
お求めは最寄りのコンビニ【チケットぴあ】で。

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平成2年5月に初めて中国の広州の公演に参加。
香港から入ったが当時の中国は今とは雲泥の差で、日本に生まれて良かったとつくづく思った。

平成3年には秋田県民会館で10周年記念公演をやり、この頃になると会の方も大分安定してきた。
10月には武道館の全国大会で3度目の総合優勝に輝き、労働大臣賞を受賞した。

平成5年には中部地域に進出してから10年になるのを記念して、東洋一を誇ると言われ内外から注目された【愛知芸術劇場】での初公演を行ったが、その舞台のスケールの大きさと、いままで国内には存在しなかったヨーロッパのオペラハウスを思わせる馬蹄型の客席に圧倒されたのがしっかりと脳裡に刻まれている。
富山のオーバードホールや横須賀芸術劇場はここをモデルに作られた。


ここでの成功が藤秋会その後の大きなステップになる。



つづく

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一昨日名取になった訓峯門下の峯鸞(みねらん)さん(写真右)

謝辞で、津軽三味線を始めようと思ったきっかけを述べたが、彼女は長いことアパレル業界にいて、管理職になり、新人を指導しててふと思ったそう。

ベテランの出来る人から見ればごく当たり前のことが、どうしてそんなことが出来ないのだろうと思う。

そんな時。
そうだ!
私も何か新しいことを始めてみようと。
そうすれば新人の気持ちが理解出来るはずだと。

なんと立派な考えなんでしょうか。
言うまでもありません。
その後新人と彼女はコミュニケーションバッチリで強い絆で結ばれ、会社の業績アップに繋がったとか。


ご立派ですね。

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三重県に行ってもう27年になる。
三重県といえば伊勢神宮を有する県として知られているが、その三重県を地盤に頑張ってくれてるのが総師範、訓峯(さとみね)率いる訓峯会だ。
先月の名古屋で行われた免許授与式には、行事が重なり出席できなかったので、昨日稽古終了後に鈴鹿から会場を四日市市に移し授与式を行った。

授与者は佐藤純子さんこと、加藤峯鸞(みねらん)さんと、山口加代子さんこと加藤峯鶴(みねつる)さん。

祝辞を述べた峯杉さんが米沢藩主、上杉鷹山の言葉を贈ってくれました。


☆為せば成る、為さねば成らぬなにごとも。成らぬは人の為さぬなりけり。

良い言葉ですね。
私も大好きな言葉です。
この言葉を励みに頑張って下さい。
お二人の前途を心から祈念致します。

おめでとうございました。

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一昨日の高岡での夕食でのこと。

ご覧の徳利にご注目!大変流れが美しいと思いませんか?
なんとなく鳥のくちばしに似ていて立ち姿も綺麗だ。
注ぎ口がしゅっと絞ってあるので、注いだ時に実にスムーズにおちょこに注がれます。

まあ、お酒を召し上がらない方にはどうでもいい話ですが、注ぎ口が丸いと溢れやすくて相手の手元を汚してしまうなんて事は良くありましたが、形も美しく妙に気に入って酒が進みました。


お酌をする訓芳(さとよし)さんも自然とご覧の笑顔になります。
今日はどうでもいい話でしたね。

本当は藤秋会の会員向けに、誰からも愛される訓芳さんの笑顔を見せたいだけでした。

失礼しました。

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昨日北陸新幹線開業で沸いている高岡でのこと。
大師範、訓政と訓芳が稽古終了後にこじゃれた料理屋に案内してくれた。

そこで接客係の名札をみたら、【苗加】と書いてある。

さて、皆さん、これは何と読むのでしょうか?

なえか、ではありません。
育苗と書いて、いくびょう、と読むので、びょうか、かな?と思ったらブー、はずれです。

皆さん、これは、【のうか】と読むそうです。

これはわからないわ!

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いつもは車で行く豊田教室だが、昨日トラブルがあり電車で豊田市駅まで向かい、そこから大師範、訓一(さとかず)さんに迎えに来てもらい教室へ。

車に乗って気になったのがこのシール。
んっ? 【運転に集中しよう】と書いてある。
訓一さんにこれは何かと尋ねたら、これは現役の時に部で事故を起こさないようにと、みんなで申し合わせて各自の車に張ったものだそうです。

さすが世界のリーデングカンパニーは違いますね。
個人の車でもここまで神経をつかいます。


おそれいりました!

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藤秋会を発会してから秋田で4回、62年9月には富山県高岡市でも発表会を行った。

そして名古屋で初めて発表会を行ったのが名古屋に進出してから7年目の平成2年。
会場は名古屋市民会館の中ホールで、客席は1200席ながら花道や回り盆があり、転換を要する演目には使いやすいホールだ。

名古屋は不思議な所で、民謡の会は沢山あり毎年発表会をやるが、私がやるまでは全て無料で入場料は取らないばかりか、最後に抽選会をやり色々な物が当たったりする。

まあ、集客のためだろうが、私はこのシステムには大いに違和感を感じた。
抽選会目当てに来る客もいるわけで、もう少し自分達の芸に誇りを持ってもらいたいと感じた。

お客から入場料を取らなくても、当然ながら費用はかかる訳で、ではその費用はどこから出すかと言えば、お弟子さんから出演料を徴収しそれで賄う。
したがって、規模にも依るが、出演者はかなり高額な負担になる。
これではお弟子さんが大変だと思ったので、入場料をいただき、入場料に見合った、きちんとしたショウをやればお弟子さんの負担も軽減され、入場料を頂くので稽古もしっかりやることによって個々の技術もアップする。

この公演の入場料は3000円に設定させていただいたが、無料が常識的だった所でのこの設定は不思議だったとみえ、反発も大きかった。

しかし金を取っていったいどんなことをやるんだろうとの物珍しさもあったのかチケットは完売。
メインゲストとしてお呼びした方が、浅草の修行時代に大変お世話になった、津軽民謡女流横綱と言われた【山田百合子】先生。

下足番当時から私を知っている先生はこの発表会を非常に喜んでくれ、暖かく激励してくれた。


今からちょうど26年前、32歳の時である。

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