藤秋会本部TOP  藤秋会日本一賞歴  藤秋会海外公演  藤秋会家元とは?  プロ集団IWAKI  藤秋会公演実績  全国藤秋会MAP
★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2015年04月

久しぶりに昨日、兵庫県たつの市の訓夢会(さとゆめかい)にお邪魔した。
6月の藤秋会夢舞台2015に出演する方々の稽古をしたが、皆さん目標に向かって一生懸命頑張っている。

おおむね順調に仕上がってはいるが、課題は【よされ節】
津軽五大民謡の中でも一番難しいと言われ、特にリズムの取り方はどこの教室でも苦労している様だ。
ほんのわずかな違いでも音に表すと大幅に違って聴こえるのがこの曲の難しいところ。


譜面を覚えたと弾けるは別次元。
しっかりと弾ける様に頑張りましょう!

関連記事

ご覧の写真は一昨日行われた免許授与式、披露宴でのアトラクションの模様。

左から総師範、訓栄(さとえい)、真ん中が訓煌(さとこう)右が訓栄門下、栄正(えいしょう)

何を隠そう、この三人は、秋田で行われた秋田民謡全国大会、【秋田荷方節三味線コンクール】の第4回、第5回、第6回のチャンピオン

藤秋会に3人もチャンピオンがいるのが何とも誇らしいが、流石にチャンピオンだけに素晴らしい演奏で皆さん大満足!

来年はこれを4人でやれれば更に素晴らしい!

さあ、練習、練習。
頑張りましょう!

関連記事


いつもは6月に行っている免許授与式を今年は【夢舞台2015】があるので前倒し昨日、名古屋市熱田区の老舗料亭【賀城園】で行った。

好天に恵まれたこの日、もう20年近くもお世話になってる賀城園の庭の新緑が目に鮮やかで、ホテルとは違った自然とのコントラストが素晴らしく、心静かに過ごせる空間が心地いい!

式典には遠くは愛媛、兵庫、富山からも来て頂き厳粛な中にも和やかな良い授与式となりました。

今後益々精進を重ね藤秋会発展に寄与して頂くことを希望します。

授与者の皆さんおめでとうございました。

(下は披露演奏する授与者)

関連記事
長い歴史の中では様々な沢山の思い出がある。

あげれば、数々のタイトルを獲得出来たこと。
秋田をはじめ国内外各地で行った公演では 日本の音楽文化を多くの方々に認識頂いたことなど。

全くのゼロから始めた三味線人生、思いとは裏腹に生業にするには、非常に厳しい世界で、突然東京から帰って来た、小生意気な若造がちやほやされるような甘い世界ではなかったし、田舎故に保守的で、みる人から見れば、唄や三味線をやることは道楽者としか見られない評価には、何とも言えない複雑な心境に陥ることもしばしば。

そんな状況なのでとにかく実積を作りたかった。
秋田は民謡王国と言われ、全国を代表する素晴らしい唄が多くあり、その唄で競いタイトルを獲った人も全国では群を抜いている。

それには、秋田独特の価値観があり、1位でなければ誰も認めない厳しさ、2位もビリも評価はさして変わらず、1位になる事だけに照準を合わせ切磋琢磨する。
結果、タイトル保持者が全国ナンバーワンの状況が生まれた。
背景には、雪国独特の環境の厳しさを生き抜く為に、自然とへこたれない粘り強さが備わっている事も大きな要因だろう。


高校生で三味線を始めたとは言え、民謡界のことは全くわからない状況で秋田を離れたので、秋田に帰りその状況を肌で感じるにつけ、とにかく早く結果を出さなければ誰も認めてくれないことに、焦りさえも感じた。

しかしながら楽器の中でも特に難しいと言われる三味線、1から始めた人がある程度の技術を身につける為には当然ながら年数がかかり、グレープとしてなんとか格好が付いて来たのは発会から3年を過ぎた頃から。


当時、唄の大会は色々あったが三味線のコンクールなどほとんどなく、評価のされようがない。
あったのが、現在所属している、(一般財)日本郷土民謡協会の全国大会でやっていた、器楽合奏コンクール。
しかも会場は東京九段の日本武道館。

これだ!私はまずその大会に出る為に、秋田地区連合会に秋田藤秋会支部として所属しその予選を目指した。
とは言っても、地区連合会で合奏コンクールの予選が行われるのは秋田地区連合会としては初めての事で戸惑ったが、それまで唄中心の大会に器楽合奏コンクールが新たに設けられると言うので珍しさもあり、この年昭和60年5月に大曲市で行われた秋田地区連合会では大いに注目されることになる。


ちょうど今から31年前のことである。

つづく

関連記事

5年の改修期間を経て先月27日にグランドオープンした姫路城。

姫路から伊丹までのリムジンバスを待つまで時間があったので、ブログ読者サービスで姫路城を撮って来た。
好天にも恵まれ、しかも土曜日とあって、他県ナンバーの車が目につく。

改装前からすると白すぎるとの評判だったが、近くで見ると、白鷺城の異名をとるだけあってその姿は優雅そのもの。
どっしりと構えた、その勇姿はまさしく世界遺産にふさわしい風格と品格が兼ね備わっている。

周りの新緑の木々とも実に良くマッチしていて、しばらく眺めていても飽きがこない。


是非とも1度は訪れて頂きたい所、感動を約束します!!

関連記事
もう35年にもなるのかと思うと、お弟子さんをとった時の思い出が走馬灯の様によみがえる。

私が浅草から秋田に帰ったのは昭和55年の5月のことで、妹が就職で東京に出たので、両親に帰ってこいと言われ、跡取りの長男という思いもあって、帰る決心をした。

秋田市内の音を出しても良い様な平屋の一軒家を借り、勤め先は三味線が弾ける民謡酒場。
当時、秋田市内には民謡酒場が3軒あって、1軒は現県民謡協会相談役、進藤義声氏の経営する【義声庵】。
2軒目は、津軽三味線の神様、白川軍八郎直門、秋元博氏経営の、民謡の店【いなぐら】。
そして私の職場となった民謡日本一、田中アエ子さん経営の民謡会館【ふなおか】の3軒。

当時は現在と違って、秋田で津軽三味線を本格的に弾く若い人は珍しく、私の噂は瞬く間に拡がり、店には連日腕前を確認するお客が絶えなかった。
しかも、店主で看板歌手の田中アエ子さんは、青森にほど近い県北、鹿角市の出身で、津軽民謡を得意にしてたので、毎日の様に津軽三味線を弾く機会は多かったのだ。

しばらくして店に来るお客の中で早速教えて欲しいという人が現れ、数ヵ月後の秋ごろにその数は7人ほどになっていた。

今から35年前、まだ23歳のころである。


つづく

関連記事


毎回使っている掲載用写真が流石に現在の年代に合わなくなった。以前から気にはなっていたが、我ながら気に入っていたのでまあ、良いかと思い使っていたがこれでは詐欺になりかねない。


この世界ではえっ!これ誰?と思う様な写真を永久に使っている方も多く、その様に自分も多分思われてるだろうと、現在の写真を偽りなく撮ることにしたが、あまりの違いに愕然とした。

もっとも、上の写真は今から15年前の御園座の公演のプログラムに使うために撮った物で違って当たり前だが、しかしこうも違うものなのか?

使用前、使用後の表現がぴったりで、比較すると前よりも貫禄が付いたと言えば褒め言葉になるかも知れないが、悪く言えばただのデブだ!


同じ人間がこうも変わろうとは、、、、、

世の中おれおれ詐欺が横行してますが、呉々も騙されませんように。

トホホ

関連記事
夕べいつも行く居酒屋で呑み仲間が、んっ?聞き慣れない言葉を発したので、えっ!今の言葉はどういう意味かと、とっさに聞いてしまった。


えっ!加藤さん知らないの?
と言われても字費(あざひ)なんて言う言葉は聞いたことがない。
私が無知なのか、たまたま聞く機会がなかったのかも知れないが、秋田の家では町内会費の名目で集金されてるし、実家で育った時も【字費】なる言葉は耳にした事がない。

ママさんの説明によると昔は住所に字が付いてたから、その地域の町内会費の呼び名が字費だと判明したが、世の中知らないことが多い。
もしかして知らなかったのは私だけか?

勉強になりました。

関連記事

先日のブログでご紹介した秋田藤秋会SIK(最強の一般会員)

右端の大森さんは前回親戚の結婚式で欠席だったが、これでSIKのメンバーが揃った。
改めて紹介すると、左から一番若い近藤さんは保育士さん、黒一点は電気工事会社の社長さん、佐林さん。
お次が栄養士の佐渡さん。
そして一番右の方がマッサージお嬢の大森さん。
んっ?マッサージお嬢ではなく、マッサージ師の大森さんです。

私としたことが大変失礼いたしました。

まだまだキャリアの浅い皆さんですが、6月の名古屋公演に向かって奮闘中です。
まだ名取ではないので【SIK】最強の一般会員と名付けましたが、前回も大分苦戦をいたしまして、これだったらSIKでも、【最低の一般会員】か【最狂の一般会員】ではないかとの声も上がり大笑い。

いずれにしてもほがらかで和気あいあいなのが一番!
最強の一般会員SIKの皆さんは今日も秋田の地で頑張ってます。

関連記事

演劇評論家として、その世界では大変高名な東京の【中村義裕】氏と昨日対談の機会を頂いた。


中村氏は現在まで6000を超える芝居を観たそうで、その専門的な見地から厳しくも愛情溢れる批評は非常に高い評価を頂いている方だ。

6月の夢舞台2015のプログラムに書いて頂けるそうで、さて?どんなふうに三味線の世界を捉えてくれるのか今から大変楽しみにしている。

(写真左が中村氏)

関連記事