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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2014年07月
連日の猛暑日に閉口した7月も今日で終わりです。
会議やらオリンピックプレゼンテーション
の事でバタバタと振り回された1ヶ月が過ぎました。
そして今日2014年7月31日は、私がブログを休まず毎日書き始めてから丸5年になりました。
5年間に書き綴っブログ数は2304。

思い起こせば5年前に同級生で親友の、秋田県横手市在住、【栗谷秀宣】君の指導の下にスタートしたブログ。
パソコンも出来ないまるっきりのアナログ人間の私にとって、ブログをガラケイ携帯電話の小さな文字を老眼の眼を擦りながら打つのは至難の技。
悪戦苦闘の連日で、打ち間違い、誤字、変換間違いで、後で画面を視て気付き大慌て、赤面の連続でした。
それでも1年目は新しい事にチャレンジする楽しさもあり、何とかクリアしました。
2年目は日々のネタにも苦労しながらそれでも何とかクリア。

もうここまで続けて
来たのだから、3年頑張れ!、石の上にも3年だ!などと栗谷君に励まされもがきながらも3年達成!
さすがにこの時はやり遂げた充実感がありました。
タレントの眞鍋かおりさんが、休まず3年毎日書き続けた事が何年か前に大きく取り上げられ、栗谷君もその事を絶賛していたので、よしっ!俺だってと思い、同じ所までたどり着いた事には大きな満足感があり、3年をひとつの区切りにしようと心に決めていたら栗谷君いわく。

冷たい石の上に3年も座っていて、これから良いことがあるかも知れないのにここで止めるのか?と追い込まれ、う~ん。
人の事だと思って良く言うよ、と思いましたが渋々やるはめに。
4年やった時に続けるか迷いましたが、やっぱり切りの良いところで5年はやりたいと遂に今日を向かえました。

【継続は力】の如く、このブログを通して新たな入会者も増え、当初目指したウェブマーケティングはそれなりの効果がありました。何時かは切れる日が来ることは間違いないと思いますので、途中で止めるよりも切りの良い5年で一旦このマラソンはゴールとさせていただきます。

今日まで文才も何もない私のつたないブログをお読み下さった多くの皆さんに、この場をお借りして、厚く厚く御礼申し上げます。

今後は無理のない程度で書き綴って行きたいと思いますので、たまには覗いて頂きますよう宜しくお願いします。

長い間のご厚情心から感謝申し上げますと共に、今後とも藤秋会を何卒宜しくお願い致します。

ありがとうございました。

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昨年の3月一杯で建て替えのために幕を下ろした名古屋御園座。
いったいいつから取り壊しをするのだろうと通る度に気になっていたが、昨日通ったら内部の解体が始まっていた。。


やっとだなあとの思いだがまだ外側があるので、外観は見る事が出来るがこれも時間の問題だろう。

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建物の着工は来年の3月末頃と書いてある。建物は地上40階地下1階のタワーマンションの中に新しい御園座が入る。

ビルの中に入ると言うことは、東京明治座や大阪新歌舞伎座のようになると思われるが、規模は今までよりも若干コンパクトになり、客席は1300席くらいだと聞いている。
何れにしても歴史ある芸どころ、名古屋の文化の殿堂は誰もが心待ちにしています。

旧御園座では120回を超えるステージを務めさせて頂きました。
またご縁を頂いて新装、御園座の舞台を踏めるよう精進をして頑張ります!

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今から4年前におとなり中国山東省にある中国屈指の名山、泰山(泰山鳴動してねずみ一匹)に登った仲間で作った会が泰山会。
実際に山に登ったオリジナルメンバーは11名。

当初は親睦の意味を込めて隔月で行ってた会だったが、段々とその絆は深まり、毎月例会をやるようになって、昨日ついに40回に達した。
それぞれ年令も仕事も違うが、今では家族のようで毎月顔を見ないとどことなく寂しい感じさえするからご縁とは不思議でまた有りがたいものだ。

来月は日本一の花火としてその名も高い秋田大曲の花火に、そして10月には武道館のオリンピックプレゼンテーションの応援にみんなで来てくれると言う。

金はない私だが、それに勝る私の財産である。

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大きな事をやろうとすれば何かしらの障害は覚悟してかからなければならない。
全てが順調に進んできたプレゼンテーション準備だが、5月30日を境に問題が発生。

個人的な名誉もありあまり詳しくは書けないが、この事の解決には何と50日も要し、私は連日この問題に悩まされ、睡眠が浅くなった。

結果、7月18日の協会の緊急役員会において、執行部を含めた理事全員が評議員会により解任。
新たに新理事が選挙により選任され、新理事会により長年理事長を務めた、柴田理事長に代わり高橋清峰副理事長がトップに選ばれた。

人生何が起こるかわからない。
同じ人が長年トップに君臨している事は、マンネリや、独裁的に成りかねず、先進国が国のトップの多選を禁じている事はその辺に由縁しているのだろう。

プレゼンテーション総指揮の立場上、私は一連の流れを非常に危惧したが、その事によるプレゼンテーションの影響はほとんどなく、ほっと胸を撫で下ろした。
人間万事塞翁が馬の例えあり、一喜一憂することなく初志貫徹!目標に立ち向かわなければならない。

今回の問題は私の人生において大きな教訓になった。
さあ、プレゼンまであと3ヶ月を切った。

頑張るぞ!!

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高砂と聞けば思い出すのがあれ。

【高砂や、この浦船に帆を上げて】
今はあまり聞かれなくなったが、これは能の作品のひとつで、昔は結婚披露宴の定番として広く知られている。
昨日、実はこの高砂の舞台となっている兵庫県高砂市を訪れた。
昔から知っているある方に、この方々を武道館のオリンピックプレゼンテーションに是非とも出して頂きたいとお願いされ、藤秋会の枠の中での出演を条件に、一度拝見させて頂くことになった。


メンバーは8名いるそうだが学生さんはテスト勉強で、この日集まったのは6名、皆さんお若い方々だ。
どれくらいのレベルなのか、一曲ご披露頂いた。
それぞれキャリアは10年以上でベテランだけあり耳は出来ていて、音程はしっかりしているが、基本的な事が今一つで残念。

よしっ!何とかしてあげたいと基本をしっかりと説明したら、さすが長くやっているだけあり、飲み込みが早い!
これは必ず上手くなることを確信!
何でもそうだが基本が出来れば6割は完成。

将来が大変楽しみな高砂ガールズでした。
頑張って下さい。

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各地で梅雨明けをしてるが日本列島は温室状態。
昨日の名古屋は36度を超えて、外にいる事はもはや危険な状況だった。
西の方はいささか良いかなと思ったら、姫路もさほど変わらず。

三味線を弾くことは物凄いエネルギーを使い熱を発するらしく、冬場でも暖房無しでも汗ばむほどだから、弾いている時とそうでない時は5度以上体感温度が違うような気がする。

てな訳で練習を早めに切り上げやっぱりビール!
一杯目の旨さは筆舌に尽くしがたいほど旨かった。
居酒屋で目に止まったつまみがご覧のこれ。【水なすの刺身】と書いてあって何となく涼しげに見えたのでオーダー。
何の事はない、生のなすをただスライスしただけ。
確かに刺身には違いないが、お味の方はイマイチ。
ただ涼しげに見えただけ、これで480円?
確実に失敗!

何でも見た目で判断しては駄目のようだ。

今日も暑そうだ。

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相次ぐ訃報に心も沈みがちだが、死は生あるものにとって避けては通れない事で、やがて自分もその時を向かえる。

昨日秋田市で行われた、尺八名人位【藤丸東風】先生の葬儀にはどうしても出席が叶わず家内に代役を務めてもらった。
心からご冥福を御祈り致します。

さて、以前から葬儀に参列する度に疑問に思ってたのは、前火葬と後火葬が地域によって異なること。
私の住む秋田は葬儀の前に火葬するので告別式の際、祭壇には遺骨が安置されている。
これをいわゆる骨葬と言うそうだ。

一昨日参列した【太田家元九郎】さんの通夜、昨日の告別式は御遺体を置いての遺体葬儀、いわゆる後火葬である。

さて、どうしてこのように違うのかと疑問に思っていたが、沿岸地域の漁師町は漁に出ていて直ぐに帰れない事や、豪雪地帯は雪解けを待って本葬をする習慣。
或いは伝染病を防ぐために早く火葬したなど様々な事情が今に受け継がれているようだ。

以前、お世話になった方の葬儀が前火葬で、どうしても火葬前に駆けつけられず、大変残念な思いがあったが、昔と違い遺体を長く保存出来る技術がある昨今、最後の別れが出来るような配慮が有れば嬉しい。

やがて行く道。
その時、私がもしもやつれはてて落ちぶれた姿だったら前火葬が良いのかもしれない?

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18日に亡くなった【太田家元九郎】さんの通夜に参列した。

大都市東京の斎場は田舎と違って、昨日の通夜の数も10組を超えていて会場を探すのに迷うほど。
落語協会に所属してただけあって、落語家の供花がずらりと並び、会場にはテレビで視た顔も多くいて、元ちゃんが我々民謡人と違う世界に生きてた事を改めて思った。

元ちゃんが津軽三味線を始めたのは自衛官時代に同じ艦に乗り、私がやっていたのを聴いて彼も始めた。
私と出会わなければ、三味線をやってなかったかもしれないし、もっと長生きをしたかもしれない。
そんな事を思って遺影を眺めると複雑な気持ちになった。

しかしこれも彼の人生である。
60年の人生は彼なりに良い人生だったと思いたい。

元ちゃんの弟と私は海上自衛隊の同期で、最初の赴任先が同じ艦(比叡)だった。
あれから間もなく40年になるが、弟、大田力に会うのはあれ以来だ。
元ちゃんとの別れが弟との再会につながった。
元ちゃんが弟に会わせてくれたのはいいが、生きていて一緒に会いたかった。

修行時代の浅草で、連日三味線談義に明け暮れた元ちゃんとの思い出は、私の中から一生消える事はない。


安らかにお眠り下さい。

合掌

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久しぶりに友人から送られて来た感動秘話をお届け致します。


★廃校寸前に陥っていた熊本県の天草東高校をはじめ、6校の校長を歴任し、
次々と教育現場の改革を図ってきた 熊本の名校長・大畑誠也氏のお話をご紹介します。

私が考える教育の究極の目的は「親に感謝、親を大切にする」です。
高校生の多くはいままで自分一人の力で生きてきたように思っている。
親が苦労して育ててくれたことを知らないんです。

これは天草東高時代から継続して行ったことですが、
このことを教えるのに一番ふさわしい機会として、私は卒業式の日を選びました。

式の後、三年生と保護者を全員視聴覚室に集めて、私が最後の授業をするんです。
そのためにはまず形から整えなくちゃいかんということで、
後ろに立っている保護者を生徒の席に座らせ、生徒をその横に正座させる。

そして全員に目を瞑らせてからこう話を切り出します。

「いままで、お父さん、お母さんにいろんなことをしてもらったり、心配をかけたりしただろう。
それを思い出してみろ。

交通事故に遭って入院した者もいれば、親子喧嘩をしたり、
こんな飯は食えんと お母さんの弁当に文句を言った者もおる……」

そういう話をしているうちに涙を流す者が出てきます。

「おまえたちを高校へ行かせるために、ご両親は一所懸命働いて、その金ばたくさん使いなさったぞ。
そういうことを考えたことがあったか。
学校の先生にお世話になりましたと言う前に、まず親に感謝しろ」

そして「心の底から親に迷惑を掛けた、苦労を掛けたと思う者は、いま、お父さんお母さんが隣におられるから、その手ば握ってみろ」と言うわけです。

すると一人、二人と繋いでいって、最後には全員が手を繋ぐ。
私はそれを確認した上で、こう声を張り上げます。

その手がねぇ! 十八年間おまえたちを育ててきた手だ。
分かるか。……親の手をね、これまで握ったことがあったか?

おまえたちが生まれた頃は、柔らかい手をしておられた。
いま、ゴツゴツとした手をしておられるのは、おまえたちを育てるために大変な苦労してこられたからたい。
それを忘れるな」

その上でさらに「十八年間振り返って、親に本当にすまんかった、心から感謝すると思う者は、いま一度強く手を握れ」と言うと、あちこちから嗚咽が聞こえてくる。
私は「よし、目を開けろ。分かったや? 私が教えたかったのはここたい。
親に感謝、親を大切にする授業、終わり」
と言って部屋を出ていく。
振り返ると親と子が抱き合って涙を流しているんです。

『致知』2011年1月号  特集「盛衰の原理」より

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良い話ですね。
昔はこんな先生が多くいました。
だから教師は尊敬されたんですが、今は残念ながら?
教師の環境も昔とは随分と様変わりしましたから無理もないですが・・・・・・

先生方、頑張って下さい。

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民謡界の大きな星がまたひとつ消えた。

秋田県を拠点に全国民謡尺八界の頂点にあった初代【藤丸東風】先生が20日、9時30分に永眠。 享年92歳。
力強く流れるような旋律は多くの尺八愛好者を魅了し、尺八界に大きな功績を残された方。

非情に厳格な性格で常に凛として一本筋の通ったお姿は、誰からも模範とされる人物でした。
私も個人的にすごくかわいがって頂きお世話になった方なので、大変寂しさを感じますが、先生から学んだ事を大切に胸に刻んで後進の育成に役立てて行きたいと思います。

今までありがとうございました。
どうか安らかにお眠り下さい。

合掌

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