藤秋会本部TOP  藤秋会日本一賞歴  藤秋会海外公演  藤秋会家元とは?  プロ集団IWAKI  藤秋会公演実績  全国藤秋会MAP
★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2014年06月


どうしても都合が付かず、8日の名古屋の免許授与式に出席出来なかった二人が無事に授与式を終わり、芸名を授かりました。

写真上の方が大阪教室の片山貴子さん。
訓貴(さとたか)の雅号を許され、岡山教室の元全日空キャビンアテンダント、秦 江里子さんが、訓蓮(さとれん)を襲名致しました。

お二人とも同世代で、大変ながんばり屋さん。
今後はそれぞれが志をしっかりと持ち、更なる夢に向かって趣味を活かし、人生を素晴らしいものにするために頑張って頂きたいと思います。

期待しています。
おめでとうございました。

関連記事

世界遺産、国宝姫路城は2009年から平成の大改修工事が行われ、10年11月頃には囲いで天守閣が見えなくなっていたが、3年7ヶ月ぶりにその艶やかな姿を現した。

昨日、姫路駅に迎えに来て頂いたついでに、少し遠回りをして見せて頂いたが、久し振りに見た姫路城はご覧のように真っ白。
これは漆喰を塗っているせいで白く見えるが、数年すればカビで黒ずんで来て、従来の見慣れた姿になるそうだ。

それにしても白すぎて多少周りとのバランスが今一つかもしれないが、これが本当の姿だと言うからカビにおかされる前の真の姿を見れるのは今かも知れない。


姫路城は別名【白鷺城】と言われるので、今が正真正銘の白鷺城。しかし、姫路ではあまりの白さに、【白すぎ城】と呼ばれているそう。

白すぎ城、とは上手いことを言う。
座布団5枚!!

関連記事
一昨日、朝のワイドショーで、タケノコ採りに山に入って遭難した秋田の親子が、何と10日ぶりに無事に発見されたとの話題を放送していたが、秋田からの話題はたいていテレビの下に洋画さながら字幕が出ていて、音声がなければ多分これは外国のニュースだと勘違いする。

それほど秋田弁は難解で標準語からはほど遠い。
その中で、息子さんが、【かならじいぎで帰ろうど思った】と言ったのを、字幕では【必ず意地でも帰ろうと思った】と間違って訳された。

確か山形出身だと思ったが、キャスターの玉川さんが、意地でも帰ろうの字幕を、あれは生きて帰ろうと言ってると訳間違いを修正。

秋田弁はテレビ局が訳せないほど難しいようだ。

関連記事
moblog_5a382c2ae.jpg
昨日は東京滞在、少し時間が空いたので東京スカイツリーに昇って来ました
かなり待たなくてはと覚悟をして行ったが何と予想に反してスイスイ。

折角なので350メートルまでの料金2060円にプラス1030円を払って、450メートルの展望回廊まで昇りましたが、幸い天候に恵まれ天空からの眺めは言葉にならないほど素晴らしく、倒壊例がほとんどないと言われる五重の搭の構造に似せた作りは、日本古来から受け継がれた日本人の技術の高さを世界中に知らしめ、改めて驚きと誇りを感じたしだいです。

昔東京見物と言えば東京タワーが定番でしたが、その東京タワーがはるか下に見えるのですから、世の中も変わったものです。

東京に来たら一度は行ってみたい観光スポットです。

関連記事
昨日秋田空港の待合室でニュース専門チャンネルを視ていたら、秋田県の人口が104万人を切ったと字幕が流れていて、わずか7ケ月で1万人が減ったと出ていた。
思わずえっ!と声が出てしまったが、いったいこんな短期間に1万人もの人が何処へいったのだろうか?

連日のように少子高齢化が報道され、労働人口の減少が叫ばれている昨今を見れば、これが現実と受け止めなければならないのだろう。

夕方、人と会う為に池袋で待ち合わせをしたが、あまりの人の多さに酔ってしまいそうだ。
まるで途切れる事なく人の波がどこからか次々と沸いて来るようで、秋田とのギャップを目の当たりに感じた。政府は地方の人口減少に歯止めをかけるべく、特区構想でもして、都市部に人口が流失することを考えなければ、地方は近い将来消滅する。


関連して、所属する(一般財)日本郷土民謡協会の年代別人員構成状況を見れば、70歳以上が全体の5割、60歳以上を入れるとその割合は全体の8割を超えている。
もはや老人倶楽部だ。この現実はさすがにショックだったが、今対策を構じなければ民謡はこの世から消える日がもうすぐやって来る。


オリンピック出演の夢を現実のものにし起死回生、一発逆転と行きたいがさて??

関連記事

10月25日、日本武道館で行われる東京オリンピックプレゼンテーション、津軽三味線大合奏は当初の予定の500人を大きく超え遂に1200人に達し、このまま行ったらまだまだ増えそうな状況。
これ以上増えると演奏場所の制約もあり締め切った。

あとはそれを観てくれるお客さんを集めることが次に私に課せられた使命。
首都圏には秋田県人会の会員が何と4万人もいるそうで、なんとかその皆さんの力を借りたい。

その4万人の大勢力から絶大な信頼を集めている方が、写真のご婦人、秋田県井川町出身の【佐々木千鶴子】さん。
佐々木さんはこの首都圏秋田県人会連合会の監事並びに、わか杉会の会長を努めている方。


昨日、親友の兄貴のはからいで、所用で秋田入りした佐々木さんにお会いすることが出来た。
丁寧にこちらの話を聞いて頂き、応援してくれることを約束してくれた。

人の繋がりとは何と有難いことだろう。
このプレゼンは多くの方々の力があってなし得ること。
我々はそんなサポーターの方々の夢も背負って頑張りたい。

心から感謝致します。

関連記事
リーダーの条件に信頼される事は必要不可欠な事だと思う。

その信頼を無くした時、それまでの栄光、実績や功績が一瞬に消えてしまい、奈落に落ちるなどと言う事はままあることなのだろう。

今、長年信頼して来た人が窮地にたたされていて正しくそんな状態、みんなでいくら説得しても全く聞く耳を持たない。
それなりの理由があるだろうが、一体どうしてああなっちゃっただろうかと、既に不思議を通り越している。
あるいは私の見る目が甘くて元々そんな要素があった人だったのか?


人間聞く耳を持たなくなったらおしまいだ。みんなが駄目だと思うからには、それなりの理由がある。

こんなに悩んだのも久しぶりだがさて ?
結末は?
もうすぐ結論が出る。

関連記事
moblog_2b009c7210.jpg
一昨日の免許授与式に出席してくれた亡き師範、訓實(さとざね)さんの奥様、佐々木恭子さんが興味深い話をしてくれた。

訓實さんが亡くなったのは一昨年の3月。
一月ほど経ってから大阪の犬のブリーダーから突然電話が来た。
佐々木さんですか?
実はご主人から依頼されていた犬をやっと送れるようになりましたが宜しいでしょうかと。

亡き訓實さんは大の犬好きで、亡くなる前にはドイツの警察犬として名高いドーベルマンを飼っていて、それはそれは可愛がっていた。
そのドーベルマンはあまりにも大型犬なので小柄な奥様にはちょっと荷が重く、知り合いに譲ってやったそうだが、それを生前予想してか、ドーベルマンと同じ顔をした小型犬、ジャーマンピンシャーを予約してたのだ。
奥様へのプレゼントだと言ってすでにお金も支払い済みだったそう。

その犬がご覧の写真だが、到着した犬にさて何と言う名前を付けようかと考えた奥様は、生前、訓實さんはいつもニコニコしていたのでニコ、と付けた。
後日ブリーダーから血統書が送られて来て、見てビックリ!
何とこの犬は2月5日生まれ、2、5(ニコ)だったのだ。

訓實さんの奥様に対する愛情が感じられる不思議なお話でした。

関連記事
昨日は本部教室の免許授与式が行われました。



昼から県民会館隣のジョイナスで合同稽古をし、4時から会場をすぐ近くの日本料理、光琳に移し免許授与式を行いました。



新たに名取になったのは、秋田県民謡界の若手ホープ、柴田浩行が訓浩(さとひろ)を襲名。
入門19年のベテラン訓宗(さとむね)が準師範に昇格。
師匠、訓實(さとざね)の死去により直門になった宮城藤秋会の實華(みのか)が準師範に昇格、訓鈴(さとすず)に改名。
實徳(さねのり)が亡き師匠の名前を継いで二代目、準師範、訓實(さとざね)に。
實美(さねとも)が師範に昇格し、訓美(さととも)にそれぞれ改名、新たな飛躍を誓いあった。

亡き訓實の奥様もわざわざ宮城県古川から出席してくれ、感慨深い様子ながら三名の昇格改名を大変喜んでくれた。
御祝いの酒はいつにも増して旨く、結局三次会までなだれこみ、嬉しく楽しい一日でした。

皆さんの益々の精進と活躍に期待します。
おめでとうございました。

関連記事
今朝のブログはいつも感動メールを送ってくれる友人からのものです。


★読売新聞の「窓」という欄に掲載されたお話です。  
広島市の女子高校生のA子さんは,小児マヒが原因で足が悪い女の子でした。  
A子さんが通う高校では、毎年7月のプール解禁日に、クラス対抗百メートル水泳リレー大会をしています。
男女二名ずつがそれぞれ25メートル泳ぐ競技です。  
A子さんのクラスでこの大会の出場選手を決めていた時、女子一名がどうしても決まりませんでした。

早く帰りたいクラスのボスは「A子はこの三年間、体育祭、水泳大会に一度も出ていない。
最後の三年目なんだから、お前が参加しろ」といじわるなことを言い出しました。
A子さんは誰かが味方すると思ったけれど、女生徒は何か言えば自分が泳がされると思い、みんな口をつぐんでいます。
男子生徒もボスのグループに憎まれたくないから、何も言いませんでした。
そして、結局泳げないA子さんが選手になったのです。

彼女は家に帰り、お母さんに泣きながら訴えました。
するとお母さんは「お前は来春就職して、その会社で何かできない仕事を言われたら、また泣いて私に相談するの?
そしてお母さんがそのたびに会社に行って、うちの子にこんな仕事をさせないでくださいって言いに行くの?」
そう言ってすごく怒り、A子さんを突き放しました。

A子さんは部屋で泣きはらし、25メートルを歩いて渡る決心をし、そのことをお母さんに告げに行きました。
するとお母さんは仏間で「A子を強い子に育ててください」と、必死に仏壇に向かって祈っていました。

水泳大会の日、水中を歩くA子さんを見て、まわりから笑い声やひやかしの声が響きました。
彼女がやっとプールの中ほどまで進んだその時、一人の男の人が背広を着たままでプールに飛び込み
、A子さんの隣のコースを一緒に歩き始めたのです。
高校の校長先生でした。
「何分かかってもいい、先生が一緒に歩いてあげるから、ゴールまで歩きなさい。
恥ずかしいことじゃない、自分の足で歩きなさい」そういって励ましてくれたのです。

一瞬にしてひやかしや笑い声は消え、みんなが声を出して彼女を応援し始めました。
長い時間をかけて彼女が25メートルを歩き終わった時、友達も先生も、そしてあのボスのグループもみんな泣いていました。

----------
新聞に掲載されたとこをみると実話だと思いますが、何とも感動的な話です。
この校長のとった無言の行動は、このクラスと参加した全ての人への素晴らしい教育になりました。

心を打つ感動物語です!

関連記事