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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2014年01月

ちょっと前に新年を迎えたと思ったらあっと言う間に1月も今日で終わり。
歳を重ねるにしたがって時の経過を早く感じるのだろうか?


さて、以前、80歳の御祝いを傘寿(さんじゅ)の御祝いと言うそうだとブログに書いたが、夕べは日頃大変お世話になっている方で、毎月お会いしてご指導戴いてる八木鋼材会長、八木康太氏の傘寿の御祝いをお馴染み、名古屋伏見の上海美食で行った。

参加者は34人、皆さん、常々お会いする方々で藤秋会にもお力添え戴いてる方々ばかり。

八木会長は昭和9年生まれで激動の昭和を駆け抜け28歳で会社を興し、以来52年間一度も赤字を出したことがないと言い、その経営手腕は誰もが一目おく存在である。
いつお会いしても物腰が軟らかく、笑顔で接して下さる。


相手に好印象を与えるから仕事が来て商売が繁盛する。
成功の秘訣は、物腰軟らかく笑顔で接することは不可欠のようだ。

傘寿まではまだしばらくある私だが、八木会長のような方を大いに見習いたい。


いつまでもお元気で。

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入店わずか半年で、しかもまともな三味線などまだ弾けない私にワンマンショーとはあまりにも荷が重い、しかも三日間も。

一ヶ月ほど前から舞台の袖には加藤訓ワンマンショーと書かれた垂れ幕が下げられた。
やらなければならない以上腹をくくるしかないが、ワンマンショーである以上、自分の責任である程度お客を呼ばなくてはならない。

なにせ、入店半年ではまだまだ自分のお客と言っても少なく正直大変困ってしまった。

さて?どうしようか?私は当時店の3階の寮に住んでいた。
店が終わるのが11時。店の裏口から出た隣に『加能』と言うお好み焼きの店があり、店終了後はほとんどそこでご飯を食べるのが日課になった。

丁度周りはお風呂屋(ソープランド)さんばかりで、早番のお姉さんは2時出勤、11時に上がり加能で食事をする人が多かった。
毎日会うので顔見知りになり、実は今度ワンマンショーをやらなければならないと話したら、任しといて、必ず行ってあげるからと言う方が何人もいたのだ。


ワンマンショーの当日、座敷横には祝、加藤訓さんへ、と書かれたスタンド花がずらりと並び、贈り主はみんなお姉さん達の名前である。
皆さんに散々ひやかされいささか気恥ずかしい。


いよいよ緞帳が上がると友達を連れた馴染みのお姉さん方の顔があちこちに見え、『かとちゃん頑張ってえ~』などと黄色い声がかかる。
ショーは50分ほどで、下手な三味線を弾き、唄を歌って尺八まで吹いた。


あれから随分と月日が経ち、今頃あの時のお姉さん方もどこかの空の下で、60歳を過ぎて孫に囲まれて幸せに暮らしていることでしょう。


あの時はお世話になりました。
かとちゃんはおかげで何とかやってます。

遠い遠い昔の思い出です。

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そう言えば昔こんな事があった。


私が修行した浅草の『民謡会館七五三』は今の住所表示では台東区千束4丁目。
ここは知る人ぞ知る昔の遊郭、旧、吉原の中だ。
何故そんな所に民謡酒場があったかと言うと、昭和32年に制定された法律によりそれまで遊郭宿だった所が営業出来なくなり、その建物を買って民謡酒場を経営することになって七五三と名付けられた。

その建物を後の社長である藤巻仁作氏が買い、新しく建て替え300名を収容出来る日本一の民謡酒場にした。

遊郭だったところはやがてソープランド(特殊浴場)に変わって行き、ソープランド街の中に七五三があったような感じです。
七五三の周りは全てそんな店ばかりでしたので、間違えて入って来る人はしょっちゅうで、下足番をしていた古い番頭さんは、からかって、お客さんいかがですか、良い子いますよ、などと言って案内する。

『いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、お客様ご案内です』とマイクで案内されたお客さんは靴を脱ぎ座敷に上がってビックリ!

出迎えたお姉さん方は決して若いとは言えない方々。

えっ!何これ?
お姉さん方も心得たもので、どうかしましたか?などとわざとらしい。

皆さん大笑い。

下足番からスタートした私は良くそんな光景に出くわしました。

七五三では毎年芸能部の芸人さんが一人ずつ三日間ワンマンショーをやる事になっており、入店わずか半年の私にも遂にそれをやれとの事。
芸もさる事ながらまだまだ贔屓のお客もそんなに付いてない。


さて、困ったぞ。


つづく

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先日我が家の犬、ぼく、と、ひろしの二匹のトイプードルを紹介しましたが、今日五木ひろしさんのフアンとおぼしき方(名無しの権子さん)からメールを戴きました。

五木さんのところにも3匹のトイプードルがいるとのことです。

掲載した写真は我が家に来た頃、5月頃の写真です。
そして現在はこんな感じです。
大分大人っぽくなりました。
フアンクラブの名無しの権子さん、いかがでしょうか?

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先日のブログに書いたNHKホールでの演奏依頼は結局おあずけになった。
依頼者は(財)日本民謡協会で6月22日に行われる『NHK民謡フェスティバル』のオープニング大合奏。


テレビ放送されるので知名度が一気にアップすることになり大変勿体ないお話だったが、リハーサルが有るため丸々二日間日程を空けなければならず、遠方の人は三日間になる人もいる。


100名を目標に、もしも一日でOKだったら出演可能な人数がどれだけいるのか、直ぐにメールを回して確認したら人数は確保出来たが、二日となれば当然宿泊をすることになり、交通費等を含め、会員に多大な負担をかける事になる。


担当の方がその辺を心配して下さり、リハーサルを当日にして戴くように交渉してくれたが、NHK側からのOKが出ず願いは叶わなかった。
正直なところ、担当の方がリハーサルを当日出来ないか交渉してみるので少し時間を下さいと言われた段階で、私の心の中では、多分難しいだろうと思っていた。
なにせ天下のNHKである、そんなわがままが通る世界ではない。

(財)日本民謡協会と言えば、我々が所属している(一般財)日本郷土民謡協会と国内では勢力を二分する大きな組織でありいわばライバル関係にある。
当然向こうにも大合奏を出来る会がいくつかあり、今まではそちらの組織に所属する会がやっていて、今回は異例とも言える抜擢である。

大変光栄な事ではあり、本来は二つ返事でお世話になりますと言いたかったが、10人20人の話ではなく、多ければ多いほど良いと言う。
当然ながら全国から動員をかけなければならない。
今年は3月6日の『五木ひろし芸能生活50周年記念武道館コンサート』もあり、あまり会員に負担をかけても申し訳ない。

もう一つは二日間空けるとなれば要である総師範3人のスケジュールが既に入っていて、折角の晴れ舞台にいつも1番苦労かけてる3人を抜いての出演は考え辛く、結局断念せざるを得なかった。


人間には平等にチャンスが廻って来ると言います。
問題は目の前に来たチャンスを掴み取る力がその時にあるかないかでその人の人生は大きく変わって行く。

今回のチャンスは手が届く所にあり、掴む事が出来た物を自ら放棄したようなもので、残念でないかと言えば嘘になります。
しかし、色々な事を考えると自分の中ではこれで良かったと思います。


声をかけて戴いただけでもとても幸せに思います。
またきっと良い話が来るでしょう。

お声をかけて戴き、色々ご心配下さった、(財)日本民謡協会事業部長の白田英堂先生には心から感謝申し上げます。

ありがとうございました。

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一昨日の事、大阪教室から姫路に移動する際に時間が無かったので、昼ご飯は新大阪駅地下のフードコーナーで簡単に済ませようと思った。


さて、何を食べようかな?と覗いてたらラーメン屋の店の前に出ているメニューが美味しそうだったので迷わずそこに入った。

いらっしゃいませ~。いらっしゃいと店員が全員で連呼。
おっ!中々元気でいいんじゃない。

こちらにどうぞとカウンターに案内され待っていると、注文を貰うと〇〇戴きましたあ。ありがとうございます、喜んで!と全員で連呼。


緬を切る時も、緬きりま~す、と調理人が言うと、ハイヨー、ヨイショとみんなで合いの手を入れる。
注文した物が上がると、〇〇上がりました、一斉にハイヨー!
帰るお客がいるとお客様お立ちです。
一斉に、ありがとうございました、またどうぞ。


万事がこれでとにかくうるさく、言う必要がないと思われる事まで言っている。
しかもカウンター内で作ってる兄ちゃんの声が金切り声でやたら耳に刺さる。
別に緬の水を切る時の報告なんか一々言わなくても良いような気がするが?


思わずうるさあ~いと叫びたいほど。
おいおい、元気なのは良いが少しうるさ過ぎるよ、これではいくらラーメンでも喉越しが悪い。


何事も度が過ぎるのは良くないなと思った瞬間でした。

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姫路に教室を開設してから、早26目になった。

ご覧の方は教室開設当時からお世話になった石井さん。
昔は毎月酒を酌み交わし大変お世話になった方だが、諸般の事情により毎月中々会えなくなった。

昨日電話を戴き姫路駅前でお会いして一杯飲んだが、昔の話題に花が咲きあっというまに時間が過ぎてしまった。
そして石井さんが持参したのがこれ、そうです、古伊万里の大皿!何と江戸時代の物だと言う。
んっ? 私はこちらの事は全くわからなくその価値は果たしてどれくらいなのか想像がつかないが、石井さんいわく、かなり良い物でこれを昨年の『夢舞台2013』の御祝いにくれると言う。

もしかしたら古伊万里だから、何でも鑑定団に出したら、良い仕事してますねえ~とか言われて1、10、100、1000、10000万、100000万1000000万、ジャン、20000000万とか言われたらどうしよう。

期待は膨らむがさて??
たとえ2千万でも返さないよと言ったら、勿論良いですよと言った石井さん。


石井さん、素敵な時間と2千万ありがとうございましたあ!

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昨日東京のあるところからNHKホールで大合奏をやって戴きたいとの電話を戴いた。
NHKテレビで放映されると言う。


大変光栄なお話で二つ返事でお世話になりますと言いたかったが、リハーサルが前日にあるので二日間になると言う。

う~ん?
二日間となるとちょっと厳しい。
当然大人数になるので全国から動員するにはちょっと難しいかもとお話したら、NHKにリハーサルを当日に出来ないか掛け合ってみるので少し時間を下さいと言われた。


とても有り難い話である。
我々が知らないところで藤秋会の名前は一人歩きしてるようだ。
どうして藤秋会なんですか?と伺ったら役員会で複数の方から名前が出たそう。


今までみんなで頑張って来たことが確実に実を付けて来たようだ。先日今年は何か凄いことが起きるような予感がするんだと親友の同級生、栗谷秀宣君に言ったら、『予感』は確かな実績が伴わないとしないものだと言われた。


なるほど、これは益々頑張らなくては。

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秋田市に鳴美屋と言う三味線屋さんがあった。
名人、木田林松栄先生は皮の張りにはたいそううるさい人で、職人泣かせと言われた。


そんな木田先生が気に入った職人が秋田の三味線屋、鳴美屋のご主人だったそうで、うまが合い先生は良く秋田を訪れ料理屋で飲んだそう。


鳴美屋の屋号については深く考えたことはなかったが、『大変良く鳴るのでその名前にいつわり無し』と言ったそうで、なるほど、『鳴美屋』とは良く言ったものだ。


私が東京から秋田に帰った時に既にここのご主人は亡くなっていたが、鳴美屋の母さんには大変お世話になった。
富山県に教室を開いて間もなく32年になるが、最初のきっかけは鳴美屋の母さんからの依頼で一緒に富山に行った。


どことなく木田先生が身近に感じられる。

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我が藤秋会にはドクターが何人もいて、総合病院が出来るほど、公演の時などは特に心強い。

今までも何度か公演の緊張感からか体調を崩された方がいて、その時の迅速さには、流石プロだなと感心するやら尊敬するやら。


昨日東京教室の皆さんと久しぶりに飲んだ。普段は中々個人的な事は聞くことはないが、昨日はそれぞれの身の上話を披露した


ご覧のお二人。
左の方が埼玉県小川町から通っている島田さんと右の方が昭島市の訓晧(さとあき)さん。
島田さんの息子さんはアルツハイマーの専門医で、訓晧さんの甥子さんは心臓外科医だそう。


皆さんハイレベルな方々ですね。
訓晧さんのご実家は山口県下関市から1時間ほどの所だそうだが、93歳のお母様が一人で暮らしていて、それはそれはお元気で、毎日グランドゴルフをし足腰を鍛え、今でも一人で新幹線に乗り息子に会いに来ると言うからたいしたもんだ。

そのお母様いわく。
100まで生きて東京オリンピックを絶対に見に来ると言ってるそうです。
ひょっとして息子の勇姿を見ることが出来るかも??


若い者が弱音を吐いていてはいけませんね。

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