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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2013年12月
友人の柴田靖さんの贈ってくれたメールにこんな素晴らしい話がありました。
これを一人で楽しむのはもったいないのでご紹介致しましょう。


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☆50代とおぼしき白人女性が機内で席につくと、彼女は自分の隣が黒人男性であるという事に気がついた。
周囲にもわかる程に激怒した彼女はアテンダントを呼んだ。
アテンダントが「どうなさいましたか?」と訊くと

「分からないの?」とその白人女性は言った。
「隣が黒人なのよ。彼の隣になんか座ってられないわ。席を替えて頂戴。」

「お客様。落ち着いていただけますか?」とアテンダント。
「当便はあいにく満席でございますが、今一度、空席があるかどうか、私調べて参ります。」
そう言って去ったアテンダントは、数分後に戻って来てこう言った。

「お客様、先ほど申し上げましたように、こちらのエコノミークラスは満席でございました。
ただ、機長に確認したところ、ファーストクラスには空席があるとのことでございます。」

そして、女性客が何か言おうとする前に、アテンダントは次のように続けた。

「お察しとは存じますが、当社ではエコノミークラスからファーストクラスに席を替えるという事は通常行っておりません。
しかしながら、或るお客様が不愉快なお客様の隣に座って道中を過ごさざるをえない、
という事は当社にとって恥ずべき事となると判断いたしますので、当然事情は変わって参ります。」

そして黒人男性に向かってアテンダントはこう言った。

「ということで、お客様、もしおさしつかえなければ、お手荷物をまとめていただけませんでしょうか?
ファーストクラスのお席へご案内します。」

近くの乗客が、歓声をあげるのを、その白人女性は呆然と眺めるだけであった。
スタンディングオベーションを送る者もいた。


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なんと痛快な話しだろう。
機長の指示なのか、このアテンダントの判断なのかわからないが、素晴らしい!してやったり。
アパルトヘイト撲滅に生涯を捧げた、故マンデラ南アフリカ大統領が聞いたら泣いて喜びそうな話だ。


久しぶりに良い話を聴きました。


さあ、皆さん、これは拍手でしょう。

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平成9年、中日本地区連合会、藤秋会連合として出た武道館の大会で優勝してからその後は順調に勝ち続けた。
この頃から津軽三味線がブームになり青森県以外で初めて平成10年4月に津軽三味線コンクール全国大会が東京で行われることになった。

主催は(財)日本民謡協会、会場は東京日比谷公会堂。
日本民謡協会が主催、しかも第1回目と言う事で迷うことなく出場。

運良く優勝出来た。
何よりも嬉しかったのは、審査にあたった先生方が全てその世界で名の通った方々。
記憶が正しければ、初代、小山貢、高橋裕次郎、澤田勝秋、藤田淳一、五錦竜二、京極利則。


その世界では誰もが認める方々で、そんな方々から1位を戴いた事は大きな自信になった。
同じ年の10月に武道館で行われた第38回日本郷土民謡協会全国大会でも優勝し62年、第6回津軽三味線全国大会優勝から数えて、優勝回数が10回になった。

それを記念し翌11年5月に名古屋の愛知芸術劇場において、藤秋会全国大会10勝記念公演を行っている。
それから順調に勝ちつづけ平成18年10月、第46回郷土民謡協会全国大会において器楽合奏総合優勝10連覇達成!
次の年に1年お休みし、20年から24年第52回郷土民謡協会全国大会まで5連覇!同大会で総合優勝通算20回を達成!
その功績に対し、今年の2月、協会53年の歴史で初となる『団体技能最優秀賞』を戴くことが出来ました。
まさしく藤秋会の黄金期であります。


つづく

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日本で1番最初にユネスコの世界遺産に登録されたのが平成5年の姫路城。
昨日午前中に時間があったので行ってきた。

現在姫路城の天守閣はご覧の様に覆われていてその優雅な姿を外から見ることは出来ない。
ちょうど平成の大改修の真っ只中にあり、来月の末には覆いが取れ、化粧直しをした天空の城と言われた白鷺城の優雅な姿が再び拝めるそう。


現在は架設のエレベーターで最上階まで上ることが出来、工事の模様を外から眺めることが出来るが、既に外側の工事は終わっているらしく人影は見当たらない。
内部は最終的には2015年の3月までかかるそうなのでそれまで中には入れないが、あと1年ちょっとの辛抱だ。

さて、姫路を初めて
訪れたのが63年12月、そして次の月の平成元年1月から稽古を始めたので昨日で丸25年間、稽古以外の公演やイベント等でも来たので300回以上通った事になる。

当時は秋田からだと随分遠く感じたが、慣れたせいか今では全く苦にならない。
印象深いのは阪神淡路大震災から一週間後に来た時で、普段だったら大阪から姫路まで新幹線だと40分ほどで来れるのに丸一日かかったこと。

神戸の街は大きなビルがごろごろと横になっていて、さすがにあれには驚いた。
平成7年1月だったので、あれからでももう18年も経ったことになり時の早さをしみじみ感じる。


姫路教室は稽古が終わると必ず皆さんで食事をし、そしてご覧の訓和(さとわ)さんと二次会。
25年間で飲まなかったのは1度か2度しか記憶にないので、お弟子さんの中では間違いなくこの人と1番酒を飲んだ。

滅法酒が強く、私もたいがいは負けないがこの人だけには敵わない。
体も大きいが多分この人の体には肝臓が普通の人より多くついているのでは?と思うほどアルコールの分解が早く、全く酔った姿を見た事がないから、驚きだ。


いつまで訓和さんと酒が飲めるかわからないが、夏には姫路城を真正面に眺めながら最高のロケーションでのビアガーデンを楽しみにしています。

25年に感謝、来年も宜しくお願いします。


(写真はビアガーデンから見た姫路城)

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ああ~、我が日本にはこんな素敵な所があるんだなあと感じました。
岡山に通って14年にもなるのにこんな素晴らしい所を知らなかったとは。


一昨日おそくに大阪教室から岡山入り、その旨を部屋長の訓友(さとゆう)に連絡したら、明日の稽古は昼過ぎからなので、午前中倉敷に案内してくれると言う。
一度行ってみたい所だったので即決。
朝9時半にホテルを出て心を躍らせ一路倉敷へ。


岡山から倉敷までは40分ほどで到着、そこは期待を大幅に超えた空間で時代劇のロケ地にでも居るよう。
日本にこんな素晴らしい所があったのかと思わせる眺め。
ああ~来て良かった。素晴らしい!
感激で涙が出るほどでした。



名前だけは耳にしていたあの有名な大原美術館も見学。
ピカソ、ゴッホ、ルノアール。
昔、学校で習った有名画家の絵を目の当たりにし、至福の時間を過ごさせて戴きました。


昼から今年最後の稽古を終え忘年会、そして二次会のカラオケまで繰り出し、充実の一日でした。
14年通ってやっと人数が増えて来た岡山教室。
途中何度撤退を考えたかわかりませんが、やっぱり人生辛抱が大事。
決して諦めてはなりません。
継続は力なり。
続けてれば必ず良いことがあります。

新しい入会予定者もあり、来年の岡山は飛躍の年になりそうです。

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今年もあと2週間となり、いよいよ藤秋会、今年最後の公演、 22日の岐阜県各務原市文化ホール公演まであと5日。


写真のこの方はもう25年の長きにわたって藤秋会の舞台監督をお願いしている、名古屋市ステージクルーインパクトの牧村紀男さん。

藤秋会の全てを知り尽くしてる方で私の無理難題を全て可能にしてくれる方だ。

昨日わざわざ事務所に来て戴き最終打ち合わせ、こちらが要求する前に既に私の腹の内はわかっていて、まさに阿吽の呼吸。

バタバタと慌ただしかったこの一年だったが牧村名監督のおかげでしっかりと締まった舞台をお届け出来そうだ。

既にチケットは完売、観れなかった方々の為に再演出来るようしっかり頑張りたい。

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今、三重県伊勢市は1300年前から変わらず受け継がれてきた、20年に一度の儀式、式年遷宮で新装された社殿を参る人で連日朝からごった返している。


昨日、訓峯会の総見の日だったが、稽古前に伊勢神宮、外宮に案内してくれ、一般の方々がお参りする場所よりも更に神殿に近い場所で参拝(御垣内参拝)をさせていただいた。

全てにおいて新品に作り替えられた社殿は、まさしくそれぞれの匠の技を結集した芸術の極みで、その完成度の高さには言葉を失う。
まさに日本が世界に誇れる伝統と技術がここに集約されている。

汚れた心が洗われリセットされた気持ちで、よしっ、来年も頑張るぞ!との気持ちを強くした。



午後1時から宇治山田駅前の伊勢文化センターで行われた総見には、三重県内各地から35名が参加。
3時間ほどの講義に皆さん真剣そのもの。

全国大会30勝を総括し、藤秋会は何故勝てたか?対戦相手を客観的に徹底分析しその違いを洗い出し、遂に勝利の法則を確立。

名付けて『藤秋会必勝への道標三本の矢』

この三つを徹底的にやれば必ず上達!必勝
間違い無し!


多少自画自賛で自惚れに聞こえるかも知れないが、単なる思い付きではなく、これは30勝から裏打ちされたものだから絶対的な自信がある。

この見つけ出した答え『三本の矢』を徹底し藤秋会は更なる上のステージを目指す。


訓峯会は年齢層が非常に若く、昨日の学習で来年は一皮剥け更に勢いのある会に成長している事を期待して戴きたい。

来年も共に頑張りましょう。
お世話になりました。

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家元総見
昨日は総師範、訓音(さとね)と大師範、訓京(さときょう)の門下生を私が指導する日、これを藤秋会では総見(そうけん)と名付けているが、全国に分布している門下生が一同に会した際のクオリティーを上げる為に欠かすことは出来ず、藤秋会創流からの伝統になっている。


どちらの会も師匠が大ベテランとあって、しっかり指導されているが、やることは一つに絞られる。
私もいかにすれば大勢で纏まった演奏が出来るのか長年試行錯誤して来たが、結論はとにかく基本をしっかりやることに尽きるし、これしか無いと断言出来る!
それを毎回うるさく言って来て、藤秋会は遂に全国大会30勝を成し遂げた。


実績に裏付けられる勝利への法則は『基本を確実に』やれば、結果は必ず出る!これは自信から確信に変わった。


各単会を見ても基本がしっかりしているところは間違いなく全体の仕上がりが良い。
答は見えたのであとはひたすらそれを徹底すること。


と言うことで基本の大切さを説いて稽古終了、あとは楽しく忘年会。
呑むのに基本はあるのかは今だ答は出ませんが、私の場合は飲み過ぎに注意することです。 ハイ


両会の皆さん大変お疲れ様でした。
今年も頑張ってくれてありがとうございました。

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63年、元年と武道館二連覇した事で、しかもあの山のような小山会を破ったことで会の士気は一気に上ったが、ここからは中々簡単に勝たせて貰えるほど甘くはなかった。


平成2年、4年、6年、8年と綺麗に1年おきに優勝を逃した。
敗れた原因は色々あったが、1番の原因は選手が各地からの選抜になる為、当日にしか音合わせが出来ず、しかも限られた時間の中では自分の想像したようにならなかったことで、直前に並びを迷いいじりすぎた事。

先輩、後輩に気を使いすぎ序列を優先したこと。
会の中では必ずしも古い者が技術的に優れているとは限らず、並べる段階でその事に気を使いすぎ、結果音の纏まりがなくなった。

実は、良い演奏をする上で最も重要なのはこの並びであり、並びによってはこれが同じメンバーの演奏かと思うほどで全く揃わなくなってしまう。
コンクールの前は難解なパズルでも解くように、何十通りも組み替えシミュレーションするのが日課になった。

それでも頭で考えるのと実際にやってみるのでは大違い。
当日やってみるとその通りにならない。
焦って並びを替える。今だから言えるがこれをやると、選手が一番不安になる。
こんな状態で勝てる訳がなく、それにこの頃はまだ他の団体との力が拮抗していて、出れば必ず勝てるような力は組織としてついていなかったのだ。

藤秋会は元々、日本郷土民謡協会、秋田地区連合会に所属していて、大会予選は毎年選手が予選の為に自費で秋田に来ていた。
しかし、これだとあまりにも皆さんに負担をかけてしまうので、本部に相談し、地区連合会として平成9年1月に独立することを認められ、200名で中日本地区連合会を結成現在に至っている。
全国で一つの単会、藤秋会だけで連合会を作ってるのは中日本地区連合会だけである。


これにより今までわざわざ秋田まで予選に来てもらっていたが、中日本地区連合会は藤秋会だけのグループなので予選をやる必要がない。

しかしながら世の中には色々ケチを付けたい人がいるのは常で、藤秋会は予選をやらないで全国大会に出るのはおかしいなどとわざわざ本部にクレームを付ける者もいた。

中日本地区連合会登録員は全て加藤訓の門下生で他の団体が入ってない。
いったい、誰と予選をやれというのか?
師匠の私がOKすればそれで良いことである。


この時ほど世の中には不思議な人がいるものだと思ったことはない。

そしてこの年から10連覇への道のりがスタートするのである。


つづく

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現在6時42分、やっと外が明るくなりました。

雪は止んでますが外はこんな状態です。相変わらず、時折地響きをするような雷が鳴っています。


秋田の名物、鰰(はたはた)は何故かこんな荒れた日に獲れますよ

多分、今日は大漁だな!

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根雪にならなければ良いなと思っていたら、夜中にだいぶ降った。

現在朝の6時20分、外はまだ真っ暗で、物凄い雪が上から送風機にでも飛ばされてるのかと思うほど速いスピードで滝の様に流れている。
雷も鳴っていて、こりゃ今日飛行機飛ぶかなあ?


こんな雪を眺めながら聴くピッタリの曲は何と言っても津軽三味線。
YouTubeで拾って聴いてるが、これ以上の景色に合った音響効果は無い!


ついでにサブちゃんの『風雪流れ旅』もかけてみたら、これが更に良い!
まさしく雪国の特権、南国の方々にご理解戴けないのが惜しい。

破れひとえに三味線だけばあ、よされ、よされと雪がふる~。



さて?根雪にならなければ良いなあ?

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