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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2013年06月19日
昔から良いフレーズの事を『良い手』と言っていた。
良い手は湯水の如くそう簡単に湧いて来るものではない。
我々の修行時代は譜面なんかあるはずもなく、先輩の演奏の良い手を部分的に盗む、いわばコピーをするのである。
それを自分なりに組み合わせて新しいフレーズにして行くのが一般的だった。


しかし、ハイテクニックな手ばかりの組み合わせになってしまい、忙しい三味線になってしまう。
これを津軽では『かちゃましい』三味線と言う。

結局、難儀して弾いている割には聴いてる側にはあまり良さが伝わらないと言うことになる。


先日ご紹介した津軽三味線研究家、大條和雄先生がご自身の著書でこんな事を言われている。

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例えば一行一行がまれに見る名文であったとしてもその小説が必ずしも名作とはならない。
小説は名文の羅列ではないからである。
俗な言い方だが、物語があり起承転結があって読者に感銘を与える。
津軽三味線もハイテクニックの連続だけでは良い演奏とは言えない。

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全くその通りであって実はこの事は非常に重要視されなければならない。
名人、故、木田林松栄師匠の三味線は、一度聴くと直ぐにコピー出来そうなフレーズで派手さはなかったが、何度も聴きたい三味線だった。

何故そんなに良かったか考えるてみると、短い時間の中にも起承転結がはっきりしていて、一曲一曲がドラマになっていたから聴く者を納得させる事が出来たのだ。

ソロでも合奏でもこの事が大切で、曲の構成は大会において順位を大きく左右する。
それとともに、津軽と頭に冠がついている以上、目をつぶったらそこに津軽が見えてこなければそれは津軽三味線ではない。


これから各地で津軽三味線コンクールが行われるが、貴方なりの素敵な津軽を描いてほしいものだ。

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