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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2013年03月
昨日は5月夢舞台へ向かって秋田教室の合同稽古。
被災地宮城県からも、三人が元気な姿を見せてくれた。
先月よりは大分練習の成果が表れていてまとまった演奏になっている。


さて今日はいつもメールを送ってくれる知人から心暖まるメールが届いたので了解を得て掲載させていただく。

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今朝、2年前の震災の津波でお母さんを亡くされた方から娘さんの結婚報告のメールを頂いた。
娘さんがフェイスブックに載せたコメントの一部を紹介する。


★2013,3,11震災から丸2年の今日、入籍しました。
(中略)
そして、今日は津波で亡くなったばあちゃんの命日。
ばあちゃんはいつでもどこでも人を笑わせる役でした。
自分がいつでも、おどけてお馬鹿でいれば周りも幸せになるって教えてくれました。
病気ひとつせずピンピンしてたのに私の花嫁姿を見ることなく突然いなくなっちゃった。

見せたかったなぁーほんとに…。
それだけが悔しい…。

けど、けどね、哀しんでばかりいたら、いつも笑ってたばあちゃんに悪いから、哀しいだけの日にしないためにも、めでたい記念日を当ててみました。
毎年ばあちゃんとお祝いするんだぁ。
ちゃんとした奥さんに成長してる姿みせられるようにがんばらなきゃ。
皆様 引き続き宜しくお願いします。

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良いお話ですね。
今頃おばあちゃんも天国で喜んでいることでしょう。
どうかお幸せに。

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今日ブログに登場の秋田美人、こちらの写真を掲載し忘れましたので載せちゃいましょう。
カメラで世界的に有名な会社にお勤めだそうですよ

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30年以上私を支えてくれた、秋田を代表する尺八奏者、藤丸忠と菅原五郎と夕べ呑んでいたら、美人が三人入って来て隣のテーブルに座った。
毎月各地を回っているとやっぱり我が秋田県は美人が多いとつくづく思う。
何しろ全国三大美人の筆頭にあげられるのが秋田県だから当然と言えば当然の話だ。
我が秋田県が産んだ演歌歌手に藤あや子さんがいるが、全国のお父さん達は口を揃えて、美人だねえと言う。
確かに美人ではあるが秋田に来てみると藤あや子は結構存在する。

さすがに秋田でも三人入って来て全て大当たり!というのも珍しい。ご覧のお三方はいかがだろうか?
秋田県に美人が多いのは、水が良い、色白で肌が綺麗、ロシアの血が混ざっているなど諸説色々だが、真相は定かではない。


このお三方は聞くところによると私の家から歩いて5分ほどの所に世界的に有名な上場会社のカスタマーズセンターがあり、そこでお客様からの質問に電話対応している方々だそう。
当然お客様の疑問に答える為には全ての製品を熟知、精通してなければならないし、対応いかんによってはお客様の機嫌を損ねて顧客を逃してしまう恐れのある大変重要なポジションだ。


なるほど美人であるがお三方とも知的な顔をしている。
残念な事にまだ独身だそうで、お父さん達の息子さんでも紹介して戴きたいと言われたが、我が藤秋会には独身者も多くいるので我こそはと思う方は貯金通帳持参で奮って申し込んで戴きたい。

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今朝の秋田は雨模様。先月帰った時からするとさすがに3月、あの雪はいったい何処に行ったのだろうと思うほど雪の量が少なくなっていて、道路は完全に地面を覗かせているが、例年だと20日過ぎにはオープンする家の前のゴルフ場はまだまだご覧の状態。


昨日の鹿児島の日中の気温が21度、今日の秋田の日中が8度だから大分差がある。
ただうれしいのは気温のちがいで花粉の量がまだ少ないのがありがたい。
花粉の少ない所を狙って稽古日程を組めれば良いが中々そうはいかない。


明日はお彼岸だが、実家のお墓はまだすっぽりと雪に埋まっているので家の仏壇でのお参りになりそうだが、今年はいつにも増して妹へのお願い事が多くなりそうだ。

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以前山口県宇部の教室から鹿児島に陸路で行くには、博多から熊本の八代までは在来特急の『つばめ』で行き、八代から新幹線で鹿児島中央駅まで行っていたが、全線開通してから昨日初めて岡山から終着、鹿児島中央駅まで『みずほ』に乗車。

姫路がスタートだと伊丹に出て飛行機を使うより早く着ける。
何でも初めてはワクワクするものだが童心に帰ったような気分。
岡山を9時46分に出て鹿児島中央駅に着いたのが12時45分。
早い!
昔だったら考えられなかったが、世の中生きていると様々な変化に出会えるし、日本人の技術の高さに感心することが多い。

多分この仕事をしてなければそうそう秋田くんだりから鹿児島の遠くまで来る機会も無かったと思うと、感慨深い。
今日は一気に大阪伊丹を乗り継いで秋田に飛ぶ。

秋田はまだまだ寒いだろうか?

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全国を旅しているとその土地自慢の名物に遭遇する。
夕べの姫路ではこの季節限定で『イカナゴ』なる小魚を煮たものをいただいた。
播州では別名、『くぎ煮』と言ってこの時期にはどこの家でもこしらえるらしい。


なぜくぎ煮というかと言えば、煮ると釘の様に全て曲がってしまうからだと言うが、2月の末から3月一杯がこの魚の漁が解禁になるそうで、春を呼ぶ風物詩として姫路の皆さんに愛されているそうだ。

山椒がピリリと効いて熱々のご飯や酒のツマミには持って来いの逸品だが、その名前が知られるようになったのは、1995年の阪神淡路大震災の際に全国から来たポランテアなどのお世話になった方々に、御礼にこれを贈ったのが大変喜ばれ、その後の知名度に繋がったと言うから中々良い話だ。


デバートなどでも売ってるそうなので機会があったら是非ご賞味戴きたい逸品です。

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弟子からの手紙第9段、今日は先日ご紹介したトヨタ自動車OBで現在愛知県豊川市在住、福祉関係の会社『ゆずりは』を立ち上げ頑張っている大師範訓宏(さとひろ)さんからの手紙をご紹介します。
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この度は団体技能最優秀賞おめでとうございます。
勝つ事は難しい、連覇することはもっと難しい、そして最も難しいのは途切れた連覇で勝つ事と言われています。
私が武道館に出させて頂いたのは、勝って当たり前という雰囲気の中で、自分のミスでもし負けてしまったらどうしよう、という今まで味わったことのなかった大きな重圧を忘れることはできません。

若かりし頃、夢中になってやっていたスピードスケートの競技大会前夜は、布団の中でスタートからゴールまでイメージするのですが、なかなかうまくスタートできない。
何回も繰り返し最高のレース展開をしようと試みるのですが、ゴールにたどり着けない、そんなことを思い出しました。

入門した頃は、三味線が一人で何とか楽しめればいいと思っていましたが、合奏あり和音ありで、三味線演奏の広がりにドンドンのめり込んでいくようになってしまいました。
今まで指導時に言われて印象に残った言葉が次の三点です。

① 『練習で出来ない事は本番では出来ない』

② 『稽古は本番の様に、本番は稽古の様に』

③ 『一音一音をしっかりだす』


この三つは自分が稽古する時の三カ条としていつも自分に言い聞かせています。
毎年目標がありそのために、今月は、今週は、今日は、とやることが山ほどあり、そんな課題を与えてくれる先生にいつも感謝しています。

身体には充分留意され今まで以上の活躍、ご指導をお願いします。

豊田藤秋会 訓宏

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手紙にも訓宏さんの真面目さがにじみ出ていますね。
事業の方も順調に推移してるようで何よりです。

誰も見たことのない夢に向かって一緒に頑張りましょう。
今後とも宜しくお願いします。

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10日に御園座での音合わせの際、和太鼓集団、『志多ら』のメンバーもわざわざ3時間もかけて名古屋まで来てくれた。

遠くから来てくれたのでせめてご飯でも食べて戴こうとささやかな夕食を用意したが、あれっ?何かおかしい。

そうです、一人を除いて皆さん左手に箸を持っている。
皆さん左利きかと思ったらそうではなく、8人のうち7人は右利き、1人が左利き。

それぞれが利き手と反対側に箸を持っているのは、どうしても利き手の力が強くなるため、バランスをとる為だと言う。


そこまでやるんだあ。
さすが『志多ら』だ!!

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今月で幕を下ろす名古屋御園座では、最後にふさわしく歌舞伎の襲名披露公演が行われている。
もうここに来るのは最後かなと思い昨日夜の部を観劇。
東西の劇場の中で1番観やすいと言われるだけあって、客席の雰囲気は最高。
まだまだ使えるのではと思うがお客様を迎える場所として50年前の建物は現在の耐震基準では無理があるようだ。


襲名は二代目、市川猿翁 四代目、市川猿之助 九代目、市川中車でいずれも大名跡。
演目は長唄、春調娘七種から始まって森鴎外原作のぢいさんばあさん。
襲名披露口上を挟み、最後がお馴染み義経千本桜から川連法眼館の場。


歌舞伎は正直さっぱりわからない。
衣装の華やかさとか、独特の台詞まわしには興味を引かれるが、古典物は時代背景や歴史がわからないと正直難しい。
むしろ商売柄、私は大道具や地方集の長唄三味線、浄瑠璃の三味線に目が行くが、大詰めの猿之助の早替えと宙乗りはさすがに見応えがあり見事だった。


公演は26日までだが、建て替えにより次に劇場としての御園座に来れるのは5年後の2018年だそう。
この劇場に初出演してから13年、沢山の事を学び、ここに出演した事が藤秋会の大きな財産になりました。


本当にありがとうございました。
心から感謝致します。

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んっ?めったに風邪をひかない私だが、その時はどうみても風邪の症状。
喉は痛いし、鼻水がたれてくしゃみもでる。
普段医者に行かない私でも、あまりにも症状が変わらないので医者に行ったらアレルギーに因るもの、いわゆる花粉症と診断された。

花粉症?周りが杉の木だらけの所で、花粉をご飯にかけて食べても何ともないはずなのに?。
私が花粉症患者になったのが今から20年ほど前で、春の杉、秋の稲穂とご丁寧にも、年に二回は言いようのない辛さに見舞われ、稽古を休んだ事のない私が休まなければならないほど症状が悪化した時もある。


あるとき、同業の女の子に花粉症に良い医者がいると聞き半信半疑で行ったら注射を一本打たれて終わり。
何とビックリ!その医院を出た時には先程までの症状がピタリと消えて、まるで魔法をかけられたような気分。その注射を一回打つだけで、そのシーズンは症状が全く出ない。
春と秋に一回ずつの注射は地獄に仏の如く私を救ってくれた。

何と言う注射なのか次に行った時、お医者様が看護師に〇〇〇、〇〇ミリと言ったのを聴き耳を立てて聴いていたらケナコ〇〇ミリと言っている。
ケナコ、ケナコ、ケナコと何度も復唱し車に戻って早速メモした。

当時、三重県鈴鹿市の故、訓宮(さとみや)さんのご主人が整形外科のドクターでケナコなる物がないかと調べてもらったら、その薬はケナコルトAと言う名称で、身体にはあまり良くないステロイド系の薬であることが判明。
しかしあまりの効き目の良さでドクターに相談したら、少量でしかも年に二回くらいであれば大した問題もないだろうとの事。
それ以来安心してその注射のお陰で周りがくしゃくゃな顔をしてても、私は涼しげな顔をして花粉症?何処の国の話?てな快適な生活を送る事が出来ましたが、何と!数年前からその薬が使えなくなった。

ええ~そんなあ。
どうして使えないかと聞いたら、副作用の症状が出た人がいて、その事が新聞に載り薬そのものが使用禁止になったと言うのだ。
その年、先生今までの在庫が有ったら打って下さいとお願いしたら、既に薬屋さんが回収しに来てもうないとのことだった。

あれから数年が経ち、どうした事か花粉症があまり酷くならず、ひょっとして治ったかな?と少し安心しかけたら、ついこの間から酷い状態に逆戻り。
しかも運の悪いことに今年は昨年の6倍も飛散しているとか。


えらい事になりました。ケナコルトAが恋しくて夢に出て来そうな今日この頃です。

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