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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2013年02月
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トヨタ藤秋会の大師範、訓宏(さとひろ)さんはトヨタ自動車を定年退職してから奥様と二人三脚で福祉関係の会社、(株)ゆずりは、を立ち上げました。

この会社には福祉タクシーがあり、社長である訓宏さんが毎日自らハンドルを握り、介護の必要なお年寄りや障害を持った方の足となり頑張っています。


今回障害を持ちながら、負けずに懸命に頑張っている少女の夢を叶えてあげようと、何と!デズニーランドに連れて行ったそうです。藤秋会にこのような方がいることを大変誇りに思います。
以下は訓宏さんからのレポートですが、御家族の了承の元、御紹介致します。

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2月22日から24日まで福祉タクシーで、愛知県豊川市から東京ディズニーランドに行って来ました。
メンバーは、まきちゃんこと小古山茉希さんとお母さん、補助には介護福祉士の妻、運転手(私)の4名。
まきちゃんは、幼い時に病魔に襲われ、運動機能を失い車椅子が放せない生活となりました。
しかし負けてはいません、音楽とおしゃれが大好き、この日も星のネイルアートや赤いリボンを着けてお出掛け。
車には、医療器具や酸素ボンベ等隙間なく乗せいざ出発。

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お母さんが心配するのは、長時間の移動に耐えられるか?ということでしたが、マキちゃんは頑張りました。
そして大好きなミッキーにハグしてもらう事ができました。
帰りの車の中は大きな夢とおみやげで、いっぱいになりました。

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素晴らしいお話ですね。
まきちゃんの夢を叶えてあげた訓宏ご夫妻と、長時間良く頑張ったまきちゃん、お母さんに大きな、大きな、特別大きな拍手を皆さんで贈りましょう。
拍手う~。


そして、まきちゃんには夢をあきらめずに、元気ですごせるよう心から祈念いたします。

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今年の大雪が気になり、先日久しぶりに両親の顔を見に実家に行って来た。
私の実家は花火で有名な大曲から東へ10キロほど行った、仙北郡美郷町(旧、千畑町)
秋田県と岩手県を分ける奥羽山脈の麓の町で、のどかで風光明媚な所である。
町出身の著名人に第27代、東京大学総長の佐々木毅氏がいるが、昔お父様には随分とお世話になった。


現在は秋田民謡で代表的な『長者の山』全国大会の開催地として知られている。
私が通った小学校に通じる道は真っすぐに伸びた秋田杉が度々雑誌に取り上げられるほど見事で、幼い時は毎日ここを通ったが、そこもご覧のとおりの雪の多さ。
これは凄いことになっているだろうと想像はして行ったが、実家に近づくにしたがってその雪の多さには唖然!道路から我が家が見えず、あまりの雪の量に言葉が出ない。
こんなにも多い年は記憶にない。
母親に聞いたら昭和48年の豪雪に匹敵すると言う。
高齢の両親には毎日の雪掻きは大変な作業で、雪を飛ばす機械があるので何とかやれるが、人力ではとてもとても無理だと言う。


秋田県は高齢化率が高く、中でも郡部ほどその率は高くなる。
昔はどこの家でも家族が多く若い人達の手を借りられたが、今は年寄りの二人暮し、あるいは一人暮らしが多く、これは行政にしっかりと対応して戴く必要がありそうだ。
以前から同居をすすめているが友達もいない知らない土地への移住は中々踏ん切りがつかないらしい。


雪掻きから解放してあげたいが頭の痛い問題だ。

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弟子からの手紙第五段、今日は秋田本部を長年纏めてくれている師範の訓信(さとのぶ)通称のぶちゃんからの手紙です。

のぶちゃんはとにかく真面目な女性です。
やることがきちんとしているので会員からの信頼も厚く素晴らしいリーダーです。

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加藤 訓様


この度は日本郷土民謡協会全国大会器楽合奏優勝20回達成、ならびに最優秀指導者賞20回誠におめでとうございます。
私は日本一の指導者から津軽三味線を教えていただいております。そしてそのことをとても誇りに思っています。

私は子供の頃から兄の影響もあり音楽が大好きでした。
けれども小学校時代、仲良し女子の間でオルガンを習うのが流行ったとき、我が家だけ願いが叶いませんでした。
日曜日の午後、楽譜が入ったカバンを持って公民館に向かう友達をひとりうらやましく見送っていました。
きっとこの思いが心の隅に残ったまますごして来たのだと思います。

34才のとき、音符のついた糸を見つけてぎっちり掴んだらそれが家元とのご縁の糸でした。本当に幸運でした。おかげで武道館にも何度も連れて行っていただきました。
あの自分が武道館で演奏できるとは信じられませんでした。
それどころか一流の音楽家も憧れるニューヨークカーネギーホールやウイーンの楽友協会のステージに自分が立てるなんて事は世の中がひっくり返っても確率はゼロパーセントのはずでした。
それを100パーセントに変えてくれたのが家元でした。心から感謝しております。

5月の夢舞台2013には秋田からの皆さんと一緒に3名の会員が『藤秋会初舞台』で参加します。
きっと大きな感動を得ることでしょう。
会員の喜びを自分の喜びにしてこれからも秋田の取り纏め役として努力してまいりますので引き続きご指導の程宜しくお願いいたします。

平成25年2月3日

秋田藤秋会 加藤訓信
ーーーーーーーーーー心暖まる手紙をありがとうございます。

のぶちゃん、今後ともたよりにしています。

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昨日、平成24年度秋田県民謡協会、資格検定試験が行われ、私は三味線部門の試験官を務めた。

この制度は秋田県の民謡を正しく保存するとともに、会員相互の親睦と技術向上を図りつつ、広く普及活動を行い、民謡文化の振興、発展に寄与することを目的に平成元年からスタート、5級から助教授までを審査する。
私は立ち上げから10年間、事務局を務めた。

我が家から目と鼻の先の多目的ホール秋田テルサで行われたが、朝からこの冬1番の暴風雪で全く前が見えない状態。
会場までわずか300メートルくらいなので歩いて行こうと思ったが、飛ばされそうで断念!それもそのはず、この日の最大瞬間風速は何と25.6メートル、台風なみだ。


車で行こうにも全く前が見えない状態だが歩くような速度でやっと到着。
案の定、審査にあたる先生方や、関係者、受験者は交通機関の麻痺で中々到着しない。
聞くところによると吹雪で前が全く見えず、道路から外れ雪の中に突っ込んでいる車が続出! やっとの思いでたどり着いたそうだ。
普段1時間ちょっとで来る人が5時間もかかった人もいて、その大変さが想像できると思う。


今年の受験者は過去最も少なく45名。
その中で合格者が34名。
合格率は75パーセントだからまずまずだろう。

この時期は何があっても不思議ではないので来年はもう少し暖かくなってからの方が良さそうだが、いずれにしても今年で四半世紀をむかえたこの制度が、民謡王国秋田のレベルを支えて来たことは間違いない。


準備をして戴いた事務局はじめ関係者各位には心から敬意を表したい。 
大変お疲れ様でした。

(写真は我が家の玄関から外の様子、雪の壁は私の背丈を越えた)

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昨日は秋田教室の合同稽古。
公演まで正味二ヶ月となり気合いが入る。
特に今回は三人が初めて藤秋会の公演に出演するので、その方々は真剣そのもの。
まだまだ課題はあるが本番までしっかりと調整して戴きたい。


10日に名古屋で行われた日本郷土民謡協会全国大会20勝祝賀会に秋田の皆さんは出席できなかったので、稽古終了後に近くの居酒屋でささやかな祝勝会を行った。
武道館出場の思い出や5月の名古屋行きの話に花が咲き、外の寒さが嘘のような熱気で大盛り上がり。

全国の教室を廻るとやっぱり秋田教室が一番纏まりが良く、まるで家族の様だ。
多分、雪国の厳しさが自然に相手を思いやる気持ちを強くさせているのかも知れない。


厳しい環境は人間を優しくさせる。
外はゴオーゴオーと不気味な音をたてて吹雪いている。
今日は今年1番の寒波到来とか。

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24節気と言えば一年を24等分し季節の節目を示す言葉として使われるが、知人から昨日送られて来たメールが印象的だった。

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小学校の校長先生が子供たちに2月18日は24節気の雨水(うすい)の話をし、空から降るものが雪から雨に変わり、今後は雪が溶け始めると…。
したがって、この時節から寒さも峠を越え暖かくなるようなことを言ったらしいが、昨日「嘘を言いました。」と謝ったそうだ…。
校長先生の気持ちがよくわかる…。(笑)
昨日はこの地区の今年最高の積雪だったらしいが、これはまだまだ先に延びそうだ…。
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メールの贈り主は秋田の県南部、かまくらで知られる横手市の方なので、この校長先生はお孫さんが通う小学校の先生だと推察する。

随分と真面目な校長先生で素直に子供達に謝ったところが、ほほえましく、校長先生の人柄が見えるようだが、校長先生は決して子供達に嘘を言った訳ではなく、今年が異常気象なだけです。
テレビでもやってましたが、お隣り青森県の酸ケ湯では積雪が5メートルを越えたそうだから、今年に関しては秋田も青森も24節気通りには行かないようだ。
それにしても、子供達には真面目で優しい先生なんだろう。

昨日も朝から雪が降り続いた。
予報によると今日は大寒波到来とか。
24節気、雨水はいつのことやら?

春よ恋。早く来い。

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弟子からの手紙第四段、今日は秋田県秋田市在住の訓宗(さとむね)さんからの手紙。
訓宗さんは秋田市のノースアジア大学(旧秋田経済法科大学)の事務職員です。


普段は真面目で口数が少なく、こちらが話しかけないとあまりしゃべらない物静かな方ですがお酒が入ると大変身!
中々これだけ落差のある方も珍しいですが、皆さんを大変楽しませてくれます。

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この度は、藤秋会武道館20勝祝賀会大変おめでとうございます。
会員の一人として大変嬉しく思います。

私が三味線を始めたのは一生できる趣味を持ちたい、三味線を弾けるようになれたらと、そんな思いからでした。

入会したのは秋田藤秋会の15周年記念公演を翌年に控えた8月で、その時の年齢もけっして若くなく、はたして大丈夫か、、、、そんな思いも多少ありましたが、稽古して少しずつ弾けるようになっていくことが何よりも楽しみでした。

そして一年足らずで向かえた秋田県民会館での初舞台では、開幕と最後の大合奏に出演することが出来、その二年後には初めての海外公演への参加となったウイーン楽友協会での演奏。

国内では、名古屋御園座、愛知芸術劇場、高山などでの公演会に参加し、そこで会える各地区藤秋会の数多くの会員の皆さんとも親しくなり、美味しい料理を食べての懇親会はやはり格別のものとなっております。


しかし何よりも印象深いのは日本武道館での全国大会です。
貸し切りバスや飛行機、寝台列車などで上京し、何度か出場させていただきましたが、公演会とは全く違う雰囲気、緊張感は独特のものがありました。
階段での練習を終えてホールで順番を待ち、そして舞台へ上がり演奏開始。

あれっ?練習より速いんじゃないって感じながらも必死で弾き演奏が終了。
今思い出してもその時の緊張が鮮やかによみがえります。


昭和63年に優勝し、それから積み上げて20勝したということに大変な重みを感じますし、また、大変素晴らしい会の一会員であることを誇りに思います。
そして何よりも良い師匠に出会えた事が私の一生の財産だと思います。

時々プレッシャーを感じながらも三味線を弾けることの楽しさは私のかけがえのないものになっています。
まだまだ未熟ではございますがこれから宜しくご指導のほどお願い致します。


秋田藤秋会 加藤 訓宗

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訓宗さん、ありがとうございました。
大学に勤めながら休みには米も作っていて、三人のお子さんのクラブ活動では父兄会の送迎など多忙な生活ですが、そんな中で三味線も一生懸命頑張っています。

今後とも宜しくお願いします。

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秋田に帰るとつくづく雪の無い所は良いなあと思う。
いくら寒くてもいいから雪は無い方がありがたい。

ところが農業県の秋田では雪が降らないと春に田圃に引く水が足りなくなるし、害虫も死なないから、農家にとっては降らないと困る事になる。
しかし、今年の様にこれでもか、これでもかとまるで拷問の様に降られるのも困ったものだ。

昨日、東京教室を終え羽田空港から帰ったが、吹雪で視界不良の為降りられなかったら羽田に帰ると言うアナウンス。
この時期、こんなアナウンスはしょっちゅうあるのでどうせ降りるだろうとたかをくくっていたら、何年か前には本当に羽田に帰ってしまった。
これには流石に参ったが、過去に名古屋に引き返したのが一回、秋田空港に降りられず岩手の花巻空港に降りたのが一回、計三回そんな事があった。


当機は最終の着陸体制に入りました、のアナウンスがあってからしばらく地上が見えないと段々不安になって来るが夜は暗いからなおさらだ。
秋田空港の周りは山だらけなのでドカーン、といったら一巻の終わり、後の事を色々書いておけば良かったなどと一瞬頭をよぎったりもする。

案の定、いつまで経っても地上が見えない。しかも強風の為横揺れが凄い。
降りる瞬間まで地上が見えなかったが、突然滑走路が現れ無事着陸。
良くこれで降りられたものだと心の中でパイロットに拍手!
降りて見たらもの凄い雪、翼にもかなりの雪が付いている。
地上では大型除雪車が何十台もフル稼動!
夕べの気温は-7度。
今朝もめちゃめちゃ寒く、早速く夜中に降った雪かき。
雪の降らない所が羨ましい。


そんな雪国秋田で生まれた私は今日で56歳を迎えた。
生まれた時もこんなに寒い日だったのだろうか?

秋田の春はまだまだ遥か、遥か遠くだ。

(写真は向かいの家の車)

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弟子からの手紙第3段、今日は入門25年を向かえた姫路市在住の大師範、訓昭(さとあき)さんからの手紙です。
小柄ながらいつも凛としている訓昭さんは、皆さんから一目置かれる存在です。

ーーーーーーーーーーこの度の『団体技能最優秀賞』誠におめでとうございます。

毎月毎月新幹線に乗りこの遠い姫路まで来て戴いて四半世紀にもなります。
体調の良くない日とか寒い雪の日、雨の日。特に18年前の阪神淡路大震災の時には、交通機関も壊滅状態の中、新幹線も高速道路も使えず大きく迂回して長時間かけてやっとたどり着いていただいた時もありました。

にもかかわらずいつもにこやかで冷静にご指導戴き感謝の連続の二十数年です。

今後とも家元にはご健康に気をつけられて益々ご活躍され、藤秋会がより繁栄されます事をお祈り致します。

出来る限り私もついて行きますので宜しくお願い致します。

2013年 2月10日

姫路藤秋会、訓昭会。
加藤訓昭

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姫路教室を長い間良く纏めてくれました。
生涯現役が目標の訓昭さん。
今後とも皆さんの模範として頑張って下さい。

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四国は愛媛県の松山市、今治市を地盤に頑張ってくれている大師範、訓晃(さとあき)さんは9年前から松山市の中学校で三味線を指導しているそうだが、毎年2月にその成果を披露する『少年式』(昔の元服みたいな意味合いだとか)が今月14日に同校体育館で行われたそう。


9年前に県内で中高一貫の学校三校でスタートしたそうで、今治東~和太鼓、 宇和島東~箏、 松山西~三味線 でスタートしたが、二校はすでに止めていて松山西の三味線だけが残った。 年間8時間音楽の時間を頂いて三味線のルーツや名称などの講義と実習をやるそうだが、生徒数は40名1クラスで4クラス160名(中学二年生)を指導する。

初め三味線の数は20丁だったが、昨年から40丁に増やして頂きクラス全員が授業中持つ事が出来、24年度の二年生には今までは簡単な民謡の曲目を教えていたが、今年の少年式は初めて津軽三味線のじょんから六段の一段と~ソーラン節に挑戦!
津軽三味線には子供達も大いに興味があるらしく、三味線の数をオーバーするほどの人気だったとか。
少ない指導時間で果たして上手く行くか心配だったが、毎年上手くいっていたので生徒を信じてやってみたら、不安をよそに上々の出来栄え!
難しい曲を何とか頑張って弾いてる姿に感動したと言う。

三味線50丁、太鼓4台、唄106名、全員が参加を目標にして頑張っているそうで、毎回助手に晃由(あきゆみ)さんと晃依(あきえ)さんに手伝っもらっているそうです。
進学校でもあり、中々直ぐに藤秋会の会員獲得には結び付かないそうだが、子供たちは三味線の授業を大変楽しみにしているそうです。

来年はスタートから10年目を向かえるそうですが、訓晃さんの頑張りに心から拍手を送ります。

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