藤秋会本部TOP  藤秋会日本一賞歴  藤秋会海外公演  藤秋会家元とは?  プロ集団IWAKI  藤秋会公演実績  全国藤秋会MAP
★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2012年10月05日
第4回秋田民謡全国大会、三味線演奏の部門で優勝した我が藤秋会の筆頭総師範、訓栄(さとえい)は、25年前、高校二年生の時に名古屋の教室に当時のお弟子さんに紹介され入門した。


小学三年生から細棹の三味線をやっていたのでセンスも良く、教えた事は直ぐに吸収し、それまでの細棹とは違う魅力に取り付かれ夢中になった。
一年が経過し進路を決める際、彼は高校卒業後は迷いなく、秋田の我が家に内弟子として来る事を熱望。
しかし、これを父親が大反対!



訓栄の母親は名古屋に住んでいれば知らない人はいないほど有名な会社の社長の妹さんで、父親はそこの常務を務めていて、父親の希望は大学に進ませて会社に入れる事だったと言う。


しかしながら津軽三味線に熱くなり、もう何も見えなかった訓栄はがんとして父親の言う事を聞かず、秋田に来てしまった。
この時、父親の前に立ちはだかり盾になってくれたのが母親だった。


大変真面目で礼儀正しい訓栄は秋田でも皆さんに可愛いがられ、舞台にも良く声がかかった。
特に秋田民謡の女王と言われた、故、長谷川久子先生や、日本民謡大賞のグランプリで現在も全国的に人気の高い、小野花子先生には良く声をかけて戴き勉強させて戴いた。



そんな訓栄が秋田に来た最初の年の父の日に贈ったのが、奇しくも今回優勝した秋田荷方節を自分で演奏したカセットテープ。
後で母親から聞いた話だが父親はそれを何度も聴いて涙してたと言う。
真に親とは有り難いものだ。


その父親が倒れたのが今から7、8年前になるだろうか。
30日に横手市で行った祝勝会の席で挨拶に立った訓栄は父親の事を思い、親父が元気な内に優勝でき、優勝旗を見せられる、やっとささやかな親孝行が出来ると涙してその後の言葉が出なかった。

そんな光景に皆さん貰い泣き。


あれから25年、訓栄よ、良く頑張った。


おめでとう。

関連記事