藤秋会本部TOP  藤秋会日本一賞歴  藤秋会海外公演  藤秋会家元とは?  プロ集団IWAKI  藤秋会公演実績  全国藤秋会MAP
★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2010年07月18日
ほろ苦いデビューと成った武道館だったが、翌61年はまさしく試練の年に成った。
予選を3ヶ月後に控えた地区連合会、支部長会議での事。

ある支部長から合奏は、秋田から出る以上、秋田の曲にするべきだとの意見が出た。
当然ながら、予選突破に向け津軽じょんから節で、懸命に練習していた時期で有り、しかも予選までは3ヶ月しかなく、今から曲目を変更するのはとても無理と反論したが、裁決で虚しくも私の主張は退けられてしまった。
正直、その時は余りにも三味線を理解してない無責任な発言に、強い憤りを覚えたと同時に、まだまだ実績が無く皆を説得出来なかった自分の無力さに自暴自棄に陥った。

しかし、決まった以上どうにも成らない。
秋田の曲で津軽三味線に対抗出来るのは、荷方節以外には無いと考え、とても間に合わないとは解っていながらやらざるを得なかった。
能代市で行われた予選は案の定、ボロボロで敗退、その年の武道館は予選2位のチームが出られるミニ合奏コンクールに出場したが2位。

続く62年、田沢湖町で行われた秋田地区連合会予選も曲の仕上がりが悪く残念ながら2位。
その頃のメンバーは、まだまだ未熟で荷方節を弾き熟せる人が少な過ぎた。
結局その年はミニ合奏にエントリー出来たが、中途半端な状態で武道館に出ても良い結果には繋がらないと出場を断念、二年続けての予選敗退は、大きなプレッシャーとストレスに成ったのである。



つづく

関連記事