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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2010年04月




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昨日、藤秋会有志で名古屋市北区の芝居小屋、鈴蘭南座に行って来た。

先日ご紹介した様に、今月一ヶ月間、大衆演劇の『橘 大五郎』が若座長を務める『二代目、橘 菊太郎一座』が公演を行っている。大衆演劇界の中で此処の劇団は座員も多く、最も華やかで客を入れれる劇団。

大ちゃんには来月の30周年記念公演に出演して頂く関係で、皆さんでご挨拶かたがた励ましに行こうと計画。

6時30分からの開演で、6時に鈴蘭南座集合だったが、私がお邪魔した時はほとんどの人が来ていた。
応援団は総勢18人。
既に早く来ていた皆さんがおでんをつまみに一杯やっていて、このへんが堅苦しく無くて良い。

若座長の橘 大五郎は
小学生の頃から訓栄の所で津軽三味線を勉強していて、れっきとした藤秋会の一員。
入場後に早速、座長と大ちゃんにご挨拶。
座長が気を使って、沢山のビールとおつまみを差し入れてくれてかえって恐縮、どちらが応援されているのかわからない。

ショーは一部、顔見せ舞踊ショー、二部がお芝居、三部ラストショーの三部構成で3時間たっぷり楽しめる。
これで、団体割引1700円は正直、余りにも安すぎる。

藤秋会のほとんどが、此処の劇場を知らなく、華やかな舞台に酔いしれ皆さん大感激!
口々に楽しかった、是非また来たいと言う。世の中広しと言えど、2000円未満でこんなに楽しめる娯楽は見当たらない。

終演後、何人かで一杯やろうとしていたら、菊太郎座長が、気を使って行きつけに案内してくれ、すっかりご馳走に成ってしまって又々、大恐縮。

以前もそうだったが、この座長には一つ何かをすれば三つも返す方。
最近この様な方も珍しく成ったが、このきっぷのよさと人を大事にする律儀な姿勢が劇団の人気を支えている由縁かも知れない。

色々な意味で、大変勉強になった一日でした。
菊太郎座長、大ちゃん、ありがとうございました。

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昨日、朝のラジオを聞いていたら、名古屋の『鈴木バイオリン』の事を取り上げていた。

創業者は『鈴木政吉』鈴木のバイオリンと言えば、バイオリンの事は全く知らない私でも、その名前は知っていた。
なんと!相対性理論の提唱者、あのアインシュタインはバイオリンの愛好者で、創業者、鈴木政吉の作ったバイオリンは、イタリアの巨匠が作った物に優り、その技術は人間技ではないと褒め讃え、生涯大切にしたと言うから驚きだ。

実は、鈴木政吉は元々和楽器職人で、三味線を作っていて器用であり、更に長唄を勉強していたお陰で、音を聞き分ける耳の方も大変優れていたそうで、その事がバイオリンを作るのに大いに役立ったそうだ。

現在鈴木バイオリンでは、鈴木メソードと言う名前でバイオリン教室を広く展開しており、アメリカでは何と40万人もの人々が、その教室で学んでいると言う。

そして、指導法で大切な事は、教材としての譜面は有るが、まず、譜面に頼らず耳からその音楽を覚え込ませる事を徹底すると言う。

この事は私も常日頃うるさく言ってる事。
まさしくこの事が大事で、三味線でも譜面に頼るといつまで経っても覚えられず、結果中々身に付かない事に成る。
速く覚えたければ、まず、その曲を口で言える程、繰り返し何度でも聞く事が大事なのだ。

ジャンルこそ違え、音楽は共通しているんだと改めて思い、嬉しい一日だった。

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昨日は姫路から岡山に移動、愛媛から訓晃の名取も合流して30周年記念公演の最終稽古。課題をしっかり指摘。甘えは許さない。
自然と声も大きくなる。

全体稽古は本番前日の一回だけ、ブロック稽古を確実にしっかりとやらなければ、200人を超える合奏など出来る訳が無いので、手綱を緩める訳には行かないのだ。

終了後に岡山から大阪教室に寄って名古屋まで帰って来たが、掛け持ちはやっぱり疲れる。
でも、此処でへばる訳には行かない。
頂上はすぐそこに見えている。

只々、公演の成功を信じてもうひとふんばり、ラストスパートだ!

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昨日の姫路教室、ご覧の藤秋会でも、人生でもベテラン揃い。
毎回そうだが、公演での曲はメドレー物が多く、一曲の演奏時間が10分以上と長い。
従って、一曲終わるとかなり疲れる。

真冬でも一曲終わる頃には、暖房が要らなく成る程汗ばむ事を考えれば、かなりのエネルギーを使う重労働だ。いったい、撥を持つ右手はどれくらい動かしているんだろうか?と思い、終了後の食事会で検証。


訓和(さとわ)さんが時計係で私が実験台。ヨーイ始め。
イチ、ニイ、サン、シイ、ゴオ、ロク。
あくまでも、全てこの通りでは無いので参考値だが、一分間に約、235回右手を動かしている事が判明。
10分のメドレー曲だと何と!2350回も休み無く動いている計算。

昨日は1時から5時までの稽古だったが、途中2回お茶休憩を取ったので、実際弾き続けている時間は3時間。つまり、235×180分で42300回も右手を動かした事に成り、こりゃあ、疲れる筈だ。

それをご覧の若い方々がやるのだから只々恐れいる。
姫路教室は発足から21年と4ケ月だから毎月、私の稽古だけでも1000万回以上ただひたすらに撥を打ち付けた事に成る。

継続は力なり、というが、この積み重ねの意義は尊く大きい。
この涙ぐましい努力に心から拍手を贈りたい。


ご苦労様でした。

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昨日は三ヶ月振りに訓夢会の稽古。
最近の訓夢会は人数も段々増えてきて、藤秋会の中でも次第に頭角を表して来た。

此処、兵庫県たつの市では津軽三味線人口はまだ少なく注目の的、この勢いでこれから大いに期待が持てる。
訓夢が大正琴の師匠をしているせいか皆さんを束ねるリーダーシップも中々のもの。
訓夢(さとゆめ)と書いて夢を教える、夢を叶えてあげる良い名前だ。

肝心の三味線の方も頑張ってはいるが、一人一人の自覚がもう少し上がると言う事無し。公演まであと少しだがラストスパートに期待したい。



頑張ろう!

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一昨日、午前のテレビで、30周年記念公演にゲスト出演して頂く大衆演劇界のプリンス。訓栄会所属、『橘 大五郎』さんが取り上げられていた。

大ちゃんは今月、名古屋市北区大曽根に有る、『鈴蘭南座』に出演中で、連日大盛況、県外からのお客さんも多いと言う。

テレビのリポーターも絶賛で、何と言っても飽きさせない所が客目線で素晴らしいし、昔と違い音楽が、ど演歌ではなく、今流の音楽を多様しているところも若いフアンを増やしている要因だと分析。
私も全くの同意見で、衰退の一途をたどる民謡界は大いに参考にするべき。
藤秋会の30周年記念公演は、頭の固い民謡人からは、何だこれは?と思う人もいるかも知れないが、固定観念に縛られる事無く、飽きの来ない舞台、良かったと言われる舞台を常に客目線で考えて来た。


決して一万円が高いとは言わせない!

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舞台屋さんから見積もりが来た。
予想はしてたが、見てああ~ヤッパリ。
許容範囲を大幅にオーバー。

さて?どうするか?
収入源は限られているので、削るしか無い事はわかっているが、絶対に質は落としたく無い。

だとすれば結論はひとつ、ただただお願いするだけ!これから舞台屋との壮絶なバトルの始まりだ。

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7日に出演した、『第110回日本外科学会定期学術集会』前夜祭パーティーでの津軽三味線100人弾きが、上手くいった事は先日のブログで紹介したが、この会議を取り仕切ったのが、国際会議の企画、運営では抜群の実績を誇る『株式会社コングレ』

北海道洞爺湖サミットの他、これまで数々の国際会議、医薬学会を取り仕切ってきたコンベンション業界のリーデングカンパニーだ。

今回、藤秋会の担当に成った方が京都支店から応援で来ていた、支店長代理の山口良彦さん。
今日その方から、丁重成るお礼のメールが、窓口の訓成に来たと言うので、転送して頂いたが、その迫力に圧倒され、この種の会合では、過去に例が無い素晴らしいものだったと過分成るお褒めの言葉を頂き、機会が有ったら又是非ご一緒したいとの内容。
我々としても良いプレゼンの機会を頂き有り難い。

もしかして今後、物凄い機会に繋がるかも?そんな日が訪れるのを楽しみに待ちたい。
それには日頃、しっかりとした準備をしておく必要が有る。



頑張れば必ず良い事が有りますぞ。

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30周年記念公演も近く成り、何か公演に参考に成る事が発見出来ないかと、夕べ訪れた先は、岐阜市一の繁華街、美川憲一の柳ヶ瀬ブルースで一躍全国的に有名に成った『柳ヶ瀬』の入り口を入った所に有る芝居小屋、『豊富座』

4月公演は、座長『葵 政次』率いる劇団『鯱』
以前、名古屋のすずらん南座に行った時も思ったが、舞踊ショーの選曲が実に良く、何と表現したら良いか、都会の喧騒からと、日頃のストレスから解放してくれる音楽に思え、曲だけ聞いていても飽きが来ない。
芝居小屋独特の泥臭さ、良い意味でいわゆる飾らない所が、素に戻れて私には心地良いひと時だ。

照明の使い方がまこと鮮やかで、役者を素晴らしく引き立てている。
お客様を喜ばせてなんぼの世界は、さすがに見応えが有り、大変勉強になった。


終演後、柳ヶ瀬で一杯やってきたが、中々良い所、柳ヶ瀬ブルースが何処からか聞こえて来た。
あいにくの雨で、美川憲一の歌とビッタリ。『雨の降る夜は心も濡れる、ましてひとりじゃなお寂しい』

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鹿児島市のお隣り姶良市に教室が出来たのが今から15年前の平成7年10月。
鹿児島空港に御覧の扇子を持参で迎えに来てくれた。

此処の教室は名取の訓速(さとみ)さんが纏めてくれていたが一時期、お孫さんの突然の不幸でお休みしていた。
どうしても好きな三味線が忘れられず今年から元気に復帰。

この方の言葉は純粋な鹿児島弁で、そのほとんどは理解出来ず、秋田弁に決してひけをとらない。

彼女は藤秋会で最高齢なので、中々大変だと言ってるが、技術は若い者には負けない。
あのお歳であれだけ出来れば表彰もの。
若い有望な方もいてこれからが楽しみです。

年輪には若いだけでは到底出せない、味と説得力が有るので心配しないで頑張りましょう。

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