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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ 2009年10月10日
惨憺たるデビュー戦だった。
数日前からやっと立ち直り連日三味線に明け暮れる毎日。
山田先生のご指導で段々と唄付けのコツも解って来た。

この頃に成ると下手な私の三味線でも少しずつでは有ったが贔屓のお客さんも付いて来た。
店には連日色々な方々が来たが有る日の事、津軽三味線の神様と言われた方が来たのだ。

楽屋で次の出番の曲をつまびきで練習していると、中居のお姉さんが、『木田先生』がお見えになったよ、と教えてくれた。

えっ! 木田先生?
楽屋から飛び出し客席を見たら、なんと!あの津軽三味線の神様、『木田林松栄先生』とお供の方が居るではないか。
プログラムの写真やNHKのテレビでは何度か見た事が有るが、本物は初めてだ。

早速ご挨拶に伺い自己紹介をしたら、『おう、秋田の若いもんか、俺も秋田には巡業で良く行ったものだ、頑張りなさい』と、励ましてくれた。

二回目のショーが始まる時間に成ったが、さすがに、神様の前で弾くのは緊張した。
バンド演奏に代わった時に木田先生が楽屋に来て一曲弾くと言う。

芸能部長の大場さんが、どれでも好きなのを使って下さいと、壁に掛かっている三味線を指差すが一番左端に掛けてあった、私の三味線を取ったのだ。
私が、良い三味線ではないと言ったが、これで良いと言う。

早速舞台へ上がり、芸能部長が紹介すると、お客さんは大喜び。
ダダーン、ダダーン、ダダーンダンダンダン。

これが本当に俺の三味線か?
と思うほど音が違う。

弾く人が違うとこんなにも違うものかと感心した。
客席からは割れんばかりの拍手の嵐。

演奏が終わり楽屋に来た先生は良く鳴る三味線だったと、礼を伸べられ、頑張る様にと励ましてくれた。

そして『津軽三味線は掛け声が大事だ、掛け声を大きくかける様にしなさい』と言われた。
この事が現在も私の掛け声が大きい原因で有る。

大変失礼ながら、その風貌は鬼瓦の様で、丸太の様な太い腕、手はグローブの様だったが、金縁の眼鏡の奥の眼差しは、優しさで溢れていたのを今も忘れない。

それから間もなく、木田先生は宮城県、石巻の公演で倒れられ帰らぬ人となったのである。
今でも掛け声をかける時、木田先生の言葉を思いだす。

つづく

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