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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ ★加藤訓と中国

私が中国に初めて行ったのは今から22年も前になる。
それ以来30回近く訪問してると思うが、訪れる度に不思議に思うのがトイレットペーパーの位置。


日本では当然ながら座って前方か、取りやすい横側にあるのが普通。
写真をご覧戴いてわかるように、泊まったホテルの部屋のトイレは座って左後方に有り、かなり体を捻らなければ取りにくい。
しかもこのホテルは北京国際ホテル、五つ星である。


どう考えても日本では有り得ない発想だと思うが、今まで中国を訪問して此処は良いぞと思った事がない。
ひょっとしてこちらでは反対を向いて用を足すのだろうか??
そんな馬鹿な。



さて??
これには何等かの理由があるのだろうか??おわかりになる方は是非お教え戴きたいものだ。


中国CCTV(中国電視台)放送、夜7時の中国全土に放送されるニュースの冒頭に映るのが、万里の長城の中でも今回訪れた世界遺産『金山嶺長城』だ。


6000キロにも及ぶ万里の長城だからここぞと言われるスポットは何箇所かあるそうだが、その中で最もその景色が素晴らしいと言われている所がこの金山嶺長城だそう。



北京へ行くと必ず行く所が『発達嶺長城』で、最初に此処を訪れた人はそのスケールに圧倒されるが、金山嶺は口では表せないほど素晴らしい!
麓からロープウェイで登ること15分ほど、そこから数分歩くと目の前には仙人でも住んでいそうな大パノラマが飛び込んで来て暫く言葉を失う。



今まで日本人観光客に注目されなかったのは、北京から150キロほど離れている事。
今は高速道路が出来たが、以前訪れた時はまだ未完成で3時間はゆうにかかった。
往復6時間は短い滞在日数では中々足を延ばし難い。
しかも北京には発達嶺長城と言う代表的な長城があるのでどうしてもそちらを選んでしまう。
そんな事情で訪れる人もまだまだ発達嶺に比べると少なく、ゆっくりとその勇姿を拝める。


最初に北京を訪れた方は発達嶺長城を見て戴きたいが、二回目に訪れる機会があったら是非お奨めしたいスポットだ。


藤秋会が中国の切手になってしまいました。


先日訪問した北京民族大学での公演記念に、大学側が記念の切手を作ってくれ参加者にプレゼントしてくれた。民族大学舞踊学院の舞踊シーンと今回参加した各団体が一枚の切手シートになっている。



これにはビックリしたが、流石!5000年の歴史を誇る中国やることが違います。
そしてこれはイミテーションではなく、実際に使えるそう。
その証拠に中国郵政の文字が入っている。



勿体なくて中々使えそうにない。


中国から無事に帰って来ました。
昨日は釣魚台国賓館を後に午前中に世界遺産、『天壇公園』を見学、昼食時間を少しゆっくり取り空港に向かいました。


午後3時20分それぞれの中国を抱いて青島経由、名古屋国際空港に着いたのが夜8時50分、家族の待つ我が家へ。
事故無く帰国出来たのが何よりのみやげ。


日中国交正常化40周年を記念する二カ所での公演は、微力ながら両国の友好に一役買う事が出来、藤秋会の歴史の新たなる1ページになりました。
参加戴いた会員と、ご同行戴いた皆さんに心から感謝申し上げます。


謝謝




日中国交正常化40周年の記念事業として行った、承徳市と北京市、二ケ所の公演を無事に終了し、三日目は北京市内観光。


前日の民族大学での公演終了後の懇親会が深夜に及んだ事で朝はゆっくり。
世界遺産の紫禁城、そして紫禁城全景を見渡せるビューポイント、景山公園からの息をのむ眺めに一同大感激!


昼食を挟んで古い街並、胡同(プートン)を名物三輪車で巡り、宿泊ホテル『釣魚台国賓館』にチェックイン。宿泊棟は六ケ国協議が行われる17号棟。
この棟には過去に世界の大統領や首相が宿泊された所で、これ以上の名誉はない。



皆さん礼装に着替えパーティー会場の『人民大会堂』へと向かう。人民大会堂では過去に何度か食事をしたが今回の部屋は『山東省の間』
名山、泰山を金箔であしらった装飾は中国ならではの重みを感じる。
会食終了後に北京オリンピックの時に復元された前門街を散策、釣魚台国賓館に戻る。




今朝はパーティー形式の素晴らしい朝食に感激をし、スタッフに見送られ国賓館を後に。


いよいよ今日は帰路につく。

河北省承徳市、かつて皇帝の離宮だった『避暑山荘』見学後、同じく世界遺産『金山嶺長城』を見学した我々藤秋会一行は、北京に戻り日本の芸術大学にあたる『北京民族大学』での公演の為、公演会場である大学内のホールに到着。
直ぐさま荷をとき日本福祉大学付属高校和太鼓クラブ、民族大学舞踊学院とのコラボレーションの為リハーサル。


公演は夜7時からで今日も800席は満員御礼、立見まで出る盛況ぶり。

日本舞踊、和太鼓、各グループそれぞれの出し物の後、我々藤秋会の出番。
特に中国国民が最も知っている日本の歌、『北国の春』では客席と舞台が一体となり、その次の曲、『花が』終わった時には今日一番と思われる拍手で気を良くした。



そして最大の目玉!三社中によるコラボレーション『絃奏津軽』は、たった一回のリハーサルにもかかわらず見事に決まり、客席からは割れんばかりの歓声と拍手を戴いた。



日中二国間には国情の違いから時として様々な問題が生じるのも事実だが、この様な地道な交流活動が相互理解に繋がる事を強く感じたしだいだ。



皆さん大変お疲れ様でした。

テーマ:津軽三味線
ジャンル:音楽
藤秋会は北京から200キロあまり離れた所にある承徳市を訪れている。


北京の気温は32度、まさしく熱烈歓迎状態。到着したら早速ハプニング。
荷物がいくら待っても出て来ない。
時間がぎりぎりの時に限ってこれだから参った。
やっと出て来たのが北京空港に降り立ってから1時間後。
まあ焦っても仕方ないがのっけから中国の洗礼を受ける。



承徳市に着いたのが現地時間の5時半。
本番まで2時間半しか無いので慌ててばらしてある三味線を組み音合わせ。
勝手が分からず全くのぶっつけ本番状態。
予想してた事とは言え焦る。



しかし、夜8時からの公演は蓋を開けて見たら何と1200席の客席は満席!
バックのホリゾントには今まで藤秋会の公演では使った事の無いような驚きの演出がされていて、後で同行者の写真を見てビックリ仰天!




中国ならではの熱烈歓迎ぶりに大感激!
終了後の会食で、今回の公演で尽力戴いた、承徳市人民政府文化局の唐局長からは、最大のお誉めの言葉を戴き疲れが一気に吹き飛んだ。



今日はこれから昨日時間の関係で見学出来なかった世界遺産、『承徳山荘』と同じく世界遺産、『金山嶺長城』を見学し、北京に戻る。
そして公演二日目、北京民族大学舞踊学院、西川流日本舞踊、日本福祉大学付属高校和太鼓クラブとの合同公演に臨む。



さて?今日はどうなります事やら。


今年は日中国交正常化40周年の記念年。
藤秋会は今日から4日間の日程で中国を訪問する。



一行は28名、今日は中部国際空港から一路北京に向かい、200キロ離れた承徳市に向かう。
承徳市はその昔皇帝の離宮があった所で、『避暑山荘』はユネスコの世界遺産に登録されている所。


着後に承徳大劇場にてリハーサル、その後『承徳歌舞団』との交流出演。
日中には様々な問題もあるが折角戴いた機会を大切にし、微力ながら日中友好の一助になるよう頑張りたい。


行って来ます。

中国は北に比べて南の方が雨量が多い。
中国の水事情は深刻で今回訪問した北京では年間降雨量が500ミリほどでとても足りない。

こんな言葉があると言う。


『春雨貴油』

春の雨は油よりも高いと言う意味だが、それほど水が貴重なのが良くわかる言葉で飲料水が高いのも頷ける。
そう言えばガソリン1リットル価格が日本では現在150円ほど、先日泊まった北京国際飯店の水が1リットル950円。




『南水北調』


中国では今国家プロジェクトとして比較的降雨量の多い南から少ない北に水を調達することが国策だそう。
この事業費は世界一を誇る三狭ダムの工事費を上回る5000億元だと言うからとてつもない工事で水の安定供給がいかに急務かが理解出来る。




日本に生まれて良かった。


日本にいると水道の蛇口をひねると飲み水がじゃぶじゃぶ出てくるのは当たり前の事だが、ほとんどの外国では飲料水はミネラルウオーターで、沸かして飲むか買って飲む。




我々が旅行に行った際はいちいち沸かしては飲まないのでペットボトルの水を買って飲む事になるが先日泊まった北京国際飯店の部屋の中にある水の値段を見て驚いた!



1リットル入りのボトルが68元と書いてある。
えっ!ええっ?。
思わず間違いではないかと見直したほど。
68元と言えば日本円で950円ほど。
何と1リットルの水が1000円弱するのだ。



メーカーがフランスのエビアンだから普通よりは高いのはわかるし、高級ホテルなので割高なのはわかるがそれにしても高すぎる。
しかし外国へ行くとこれが現実なのだ。
そう言えば以前ヨーロッパへ行った時ワインよりも水の方が高かった。
勿論日本も水道代を払っているのでただではないが1リットルだったらただ同然である。



水は貴重な資源である事を痛切に感じたしだいだ。


承徳は小さな町なので五つ星ホテルは無く最高で四ツ星。
今回泊まった承徳天宝大酒店と避暑山荘の真ん前にある山荘賓館だ。


現地旅行社の劉部長が天宝大酒店が良いのではと奨めてくれたが、朝食会場が狭くロビーも以前泊まった山荘賓館の方が広かった記憶があったので、山荘賓館に行き比べて見て建物は多少古いが部屋は問題無し、レストランも広々としているし、ロビーもこちらの方が雰囲気が良い。
しかも避暑山荘の真ん前なのでロケーションが良く、こちらに決定しようと思ったら何とホテルの前で大々的な工事をやっている。




ホテルフロントに確認したら道路の地下に駐車場を作っているが5月半ばには工事が完了すると言うから問題無し、結局ホテルはこちらに決めた。
ツアーの場合ホテルの良し悪しは旅行では最重要ポイントだ。
ちなみに北京での宿泊は天安門広場、王府井に近い最高級ホテル『北京国際飯店』と『釣魚台国賓館』だ。



承徳を後に高速道路を北京に向けて走ること約1時間で見逃せないポイント、世界遺産の『金山嶺長城』がある。
一般のツアーの場合、万里の長城と言えば北京の『発達嶺長城』を訪れるのがほとんどだが、以前訪問して遥かにこちら金山嶺の方が素晴らしいし、観光客も少なくゆっくり出来る穴場中の穴場。
是非期待して戴きたいポイントだ。



(写真は釣魚台国賓館正門)

今回のツアーの目玉は交流演奏は勿論だが、人民大会堂でのパーティーと釣魚台国賓館に泊まれる事。
三年前に藤秋会で北京を訪問した際にも皆さんには大変喜ばれたし、一般のツアーでは限りなく不可能に近い所。
特に釣魚台国賓館は外国の元首クラスが泊まる所で去年の10月に私が泊まった次の日に同じ建物にロシアのメドベージェフ大統領が泊まられた。
一生の記念になるはずである。



今回のツアーが日中国交正常化40周年記念事業としてささやかながら日中友好の一助になる事を願いたい。

29日、北京から北西に200キロ離れた世界遺産でその昔皇帝の夏の離宮があった『避暑山荘』がある河北省、承徳市を訪れた。


三年前に来た時は高速道路が全線開通してなく随分と時間がかかったが現在は北京市内から二時間半ほどで行く事が出来る。
市内に入ったら中心部を流れる川が凍っているが外はそんなに寒くない。
おかしいなと思ったら昼夜の寒暖の差が大きく夜は-4度、昼は14度。
なるほど川も凍る訳だ。



打ち合わせのレストランに着いたら承徳市人民政府の『高俊虎』秘書長はじめ、文化局の要人がずらりと円卓を囲んでお待ちかね。
昼の12時だと言うのに入れ代わり立ち代わり白酒で乾杯乾杯。
この歓迎の仕方は都市部よりも地方の方が強烈!!
しかも皆さん勤務中の公務員だ。



散々酒盛りをしたあげく今から会議だと平然として立ち去る。
こんな事は日本では有り得ない。
ほろ酔い加減で我々は公演会場の下見。
前日の北京の会場と違いこちらは近代的で舞台も広く客席が1100人収容の立派なホール。集客も全てこちらでしてくれると言う。



暫くホテルで休憩してから、このホールを運営している承徳市商工会議所副会頭の『王貴玉氏』が夕食に招待してくれた。
訪問する度に思うが中国では遠くから来たお客を非常に大切にしてくれる。
会う回数が増えるほど歓待の度合いが増し乾杯の嵐。



中国とはそんな国だ。(上から承徳大劇院、夜の歓迎会、商工会議所副会頭、王貴玉氏と)




つづく

テーマ:津軽三味線
ジャンル:音楽
28日から2泊3日で6月に日中国交正常化40周年の記念事業として行われる公演の打ち合わせで中国を訪問、北京へは5ヶ月ぶり。



28日の朝の名古屋はかなり冷え込みが厳しかったが北京は思ったほど寒くない。
秋田と北京は緯度が同じだが今の時期ははるかに北京が暖かく気温は21度。
北京空港で現地旅行社の友人、劉さんと日本から先行していた程さんの出迎えを受け昼食後に『北京民俗大学』へと向かう。




約束の時間より大分早く着いたが、民俗大学舞踊学院の格日楽図(ゲルロト)書記が出迎え。
書記にお目にかかるのは三度目だが常にニコニコ笑顔で日本語も流暢、日本人と話してるようだ。



その後に合流した今回公演でご一緒する日本舞踊、西川真乃女(にしかわしのじょ)会の奥村事務局長とホール下見、打ち合わせをした。
今回6月9日に公演するホールは大学敷地内にあり客席が800席、1961年に造られた古いホールだが歴史を感じさせ赴きがある。




打ち合わせ終了後に格日楽図書記さんが夕食に招待してくれ、成功を祈念して中国式、乾杯乾杯の連続でさすがにグロッキー。
中国では丸テーブルを囲み乾杯をしあうのが通例だが酒を飲めない人は出世が出来ないとまで言われている。
しかしいくら酒が好きでも連日これでは体が持たない。
やっぱり何事もほどほどが良い。




つづく。

テーマ:中国
ジャンル:海外情報

6月に訪問する北京民俗大学での公演が外務省から『2012日中国交正常化40周年記念事業』として正式に認定されたと連絡が来ました。

認定された事でご覧のロゴマークを使用する事が許される。
日中交流の基本は心(ハート)と言う事で形はハートをかたどって左がCHINAのCとJapanのJを組み合わせている。



会員はあくまでも任意参加のツアーになるが、北京公演前日には北京から200キロ離れた世界遺産『避暑山荘』のある承徳市を訪問し承徳市の歌舞団とジョイント公演をする。


外務省が認定してくれた事で国を背負って行くような感じがし、身の引き締まる思いだ。微力ながら日中の懸け橋になれる様頑張りたい。


昨日日頃お世話になっている中華人民共和国在名古屋総領事館の領事、『劉 文博』(りゅうぶんぱく)さんが4年の任期を終えて本国の外交部に帰ると言うので、有志でささやかな送別会を催しました。・


日本には4年間滞在し主に総領事の秘書役として奔走。
日本語は外国人とはわからないほど流暢で人柄も大変素晴らしい方です。
20日に帰国後は北京の外交部(外務省)で勤務。
6月の北京公演では色々お世話になりそうです。


日本語が堪能で日本に勤務経験のある方は何年かしてまた日本に派遣されるのが慣例のようです。
まだまだお若い方ですので将来は出世して日本国の大使として来る事になるかも。



益々のご活躍を祈念致します。

中国は急激な経済発展に伴い車の保有台数が年々増加、数年前までは富裕層しか買えなかった車が一般サラリーマンでも手が届く様になった。
したがって車の保有台数は日に日に増加して渋滞が大きな社会問題になっている。
大都市ほどそれが顕著で当然規制をしなければ身動きがとれなくなる。



都市によって色々な策が講じられているが北京ではナンバーの末尾が奇数か偶数により市内乗り入れを規制してるし、今回訪れた上海ではナンバーは購入制になっており現在ナンバーの値段は5万元と言うから日本円で65万円ほど。
それでも申し込みが殺到し値段が上がって行き更には抽選になるそうだ。


車は買えてもナンバーを取得するのは至難の技で、世界中見渡しても中々こんな国は無いだろう。
そりゃそうだ、人口は日本の10倍、13億もいるのだ!


ああ、やっぱり日本が良い。
日本に生まれて良かった、ねえ皆さん?


披露宴がお開きになったあと日本だとたいてい二次会の案内があるが、こちらではその様な習慣は無いらしい。


一般的に新郎新婦は披露宴会場のホテルにその日は泊まるらしいが、ごく親しい方々がその日に泊まる部屋に先に入って二人が来るのを待ち、色々いじめると言う。
二人が泊まるスイートルー厶のドアには新婚さんが泊まってる証でこんな縁起を担ぐ文字が貼られてある。
また、バスルームには薔薇の花が浮かべてあった。



我々上海美食のスタッフは先に部屋に入り勝手に酒を飲みながらいたずらを考えるが、ほとんどが新郎新婦が困る様な下ネタであり、こちらでは必ずこの様な事をするらしい。
暫く酒を飲みながらゲームを楽しみ、最後が極めつけ。



新郎新婦を寝室に押し込め、隣の部屋に着ている服を一枚ずつ脱がせて放り投げさせる。最後は下着まで全て脱がせ丸裸になった事を確認して部屋から退散するという荒業だが、ユニークで中々面白い。
ちなみに中国では新郎新婦が泊まる同じ部屋に親戚の小さな男の子を前日に泊める習わしがあると言う。
これをすれば男の子が生まれ、しなければ女の子が生まれるそうだ。
なるほど色々勉強になった中国の結婚式でした。




おしまい

今年は日中国交正常化40周年にあたる年。
日中の歴史の中には色々な問題もあったので、単なる観光客とは違う身内の中に入り込んで来た日本からの客にどんな反応をするのかと多少不安もあったが、親戚の皆さんが入れ代わりテーブルに来てくれ遠くから来た事を素直にねぎらって戴き正直ホッとした。




ステージ上ではケーキカットが終わり、新郎新婦がステージから下りて来て窓際に立った瞬間に花火が打ち上げられ、外はミニ花火大会。
およそ20発ぐらいだろうか、夜空に打ち上げられた花火の明かりが二人をロマンチックに照らし演出的には最高の盛り上がり場面。



日本ではキャンドルサービスが一般的だがこちらではなし。
サプライズのあと、お二人は新婦側のテーブルからひとテーブル事にまわり新郎がお酒を、新婦がタバコをすすめ火を点けて行くが、火を点けさせまいと側にいる者が吹き消し、新婦は何度でもマッチを擦る。
中にはマッチを湿している者もいて、この辺の遊び心は日本と余り変わらない様だ。
酒も注がれるのを飲み干さなければならず、新郎の金ちゃんは強いが新婦は真っ赤になって対応している。




大体、自分の所のテーブルサービスが終われば締めの挨拶がある訳でもなく三々五々勝手に帰って行く。
日本では引き出物が必ず付くがそのような物は無く、テーブルの上には写真の丸い小さな箱に入ったチョコレートがお土産で置いてあるだけ、実にあっさりと簡単だ。



気になるのは果たして費用は幾らくらいかかるだろうと思ったが、この日の料理がひとテーブル8000元だと言うから日本円で10万円ほど、ガイドの話では普通よりは良い方だと言う。
それに会場費やら写真代など諸々入れると結構費用が嵩み、現在の結婚式はほとんどが赤字だと言う。
御祝儀は一人でも夫婦でも一家族でも金額は同じそうなので赤字も納得だ。



どちらかと言えば私は日本の結婚式が厳粛で良いような気もしたが、あちらはあちらでざっくばらんな所が良いのかも知れない。
いずれにしても正月から良い経験をさせて戴きました。



何事も百聞は一見にしかずです。

テーマ:中国
ジャンル:海外情報

行って来ました中国の結婚式。
上海美食のコック、金ちゃんと徐さんの結婚式が昨日上海市内の『財大豪生大酒店』で行われました。
所変われば品変わるの通り初めての中国結婚式は日本とはかなり違っていました。。


まず日本では会場受付にて御祝儀を出しますがこちらでは直接本人に手渡します。
私は新郎側のお客さんなので金ちゃんは相手を立てて奥さんに渡してくれと言う。
奥さんを見つけ御祝儀を渡したらかばんを持った専属の集金人みたいな人が付いている。一応受付はあってそこでは名前を記入するだけ。
出席者の服装も両親を除いては全くの普段着で着飾る習慣が無いらしい。
早く到着した人の為に待合室では飲茶(やむちゃ)が振るまわれ麻雀をしている人もいて改めてここが中国だと感じる。



出席者は180人、予定では5時28分からのご案内だったが、その時間になっても人が揃わず6時18分に変更すると言うから何とものんびりした話で、日本では有り得ない事。
やっと時間になり司会の挨拶で両サイドに設けられたモニターに二人の写真が何カットか映し出され、まず中央のバージンロードらしき所から新郎だけが入場、続いて父親と真っ白なウエディングドレスの新婦が入場し、新郎に新婦を渡す。



日本では高砂のテーブルに新郎新婦が座るが、こちらでは新郎新婦の席は無い。
二人揃った所でいきなり私の名前が紹介され挨拶をするため家内と壇上に上げられる。
家内が着物で出席した為、よほど珍しいと見えてじろじろ見られ熱い視線を感じる。
挨拶を終えたら新郎に大きな箱を渡されて面食らったがお土産だと言う。
何しろ全く事前の打ち合わせが無いので戸惑ってしまうが日本からわざわざ来た事は非常に歓迎されているのは確かなようだ。
挨拶は私一人だけで早速乾杯し宴会が始まるが、ここで新郎新婦は退席しお色直し。
料理は勿論中華で食べ切れないほどの品数が出た。



30分ほどして今度はモニターに小さい時から現在までの二人の写真が映し出され赤いドレスにお色直しした新婦と新郎が入場。
二人の両親が壇上に上がり、新郎側はお母さんが、新婦側はお父さんがそれぞれ挨拶。
新郎側は当然お父さんが挨拶すると思ったらこちらでは家庭内で強い方が挨拶すると言うから面白い。
ここで新郎新婦から両親にプレゼントが渡されるが日本の様にしんみりと涙を誘う様なシーンはなく終始明るい雰囲気。
その後のケーキに入刀した後にサプライズ!があった。




つづく


上海二日目の昨日の元旦は気温は5度で風が冷たく感じ肌寒い。
天気予報は晴れになっているが見渡しても青空はなく鈍よりとしていて、日本ではこの状況を曇りと言う。
大都市は大体こんな感じで、日本の様に澄み切った青空を見ることはよほど田舎に行かないと望めない。




ホテルで朝食を済ませ、直ぐそばの南京東路歩行者天国を外灘(ワイタン)に向かって歩いてみたが、ご覧の人、人、人。
通りには大型デパートやショッピングセンター、ブティック等が軒を並べ、そこの人出は1日で100万人を超えると言うから何とも言葉がない。
著しい経済成長をとげている国だけあって活気がみなぎっていて、こちらまで元気になりそうだ。
通りにある店を覗いて見たが正月のパーゲンセール中で衣料品等はかなりお値打ちになっているが、良い物は結構値段が高く日本とあまりかわらない。




タクシー料金を見ればその国の物価が大体わかると言われているが、上海の初乗りは16元。
1元が現在のレートで12.5円だから初乗り料金は200円ほどか。
上海の平均給料が4万5千円ほどだと言うので物価は日本の3分の1から4分の1ほどだろうか。
ただし不動産価格は異常に高くマンションは日本よりはるかに高い。
庶民には手が出ないし高級な食材は日本と変わりないかそれ以上。こうして見ると目まぐるしく発展している経済状況の中でインフレが進み貧富の格差も大きく必ずしも暮らしやすいとは言えそうにないのが現実の様だ。



さて、今日は今回訪中メインの結婚式。
1番悩んだのは御祝儀の額で色々な方々に聞いたが出身地域によって物価が違い解答はまちまち。
日本と同じ様にその人との関係によって金額が違うが、上海では友達で1000元、それ以上は2000元ほど、兄弟親戚になると日本と変わらないかそれ以上包むらしい。
奇数は嫌うので偶数、1番良い数字は8でその次は6。
面子社会なので御祝儀ひとつでも気を使う。



さあ、それでは行って来ましょう中国結婚式初体験へ。

テーマ:中国
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先月北京でお世話になった国家重点大学『北京民族大学』の格日東図(ゲルロト)書記(前例中央)が来日、上海美食に来てくれた。 

北京民族大学は中国の数々の民族舞踊や民族音楽等を保存伝承する目的で日本で言えば国立芸術大学にあたり、ここの大学に入るには高いハードルを超えなければ入学出来ない一流大学。



日頃親しくして戴いている西川流日本舞踊師匠、『西川真乃女』(にしかわしのじょ)さんがこちらの大学で日本舞踊を教えている関係で交流が出来た。



来年は日中国交正常化40周年の記念の年。
中国伝統の民族舞踊との交流をと熱いラブコールを送られたが実現出来たら嬉しい。
躍動感溢れる民族舞踊は津軽三味線にもピッタリ合い実現出来たら面白い物が出来る。




新たな世界が広がりそうだ!

昨日の岐阜は爽やかな秋晴れ、見渡す限り青い空ですがすがしい一日、所属している『中部日中経済交流会』有志で作っている『美食会』で松茸で有名な岐阜の八百津町に松茸尽くしを食べに行くツアーに参加、参加者は14名。



松茸と言えば普段は高くてそうそう口に出来ないが、八百津町は産地なので割とお値打ちに戴ける。
コース料理は刺身、焼き松茸、松茸すき焼き、土瓶蒸し、焼き魚など、お腹一杯堪能致しました。



何分にも昼12時からなのでお開きは2時半と早くこのまま帰るのも勿体ない。
そこで訓栄会(さとえい)の栄倫(えいりん)さんが居酒屋をやっている可児駅近くの『あづ満』で二次会。



可児訓栄会の栄道(えいみち)栄鼓(えいこ)栄倫(えいりん)栄治(えいはる)栄章(えいしょう)の歴代ミス可児五人が接待役を買って出てくれ大いに盛り上がり、楽しい二次会となりました。



藤秋会のネットワークが各地に拡がっていることを実感し、私の顔を立ててくれた事を心から感謝します。



可児訓栄会の皆さん、本当にありがとうございました。


敦煌を訪ねる旅も終わりいよいよ帰国。
フライトが昼前なので朝はゆっくりだ。
荷物をまとめチェックアウトを済ませバスに乗車。


時間があるのでこちらに来た日の懇親会に顔を出してくれた地元の絨毯会社を経営する韓さんの直売場に立ち寄る。
広いスペースに所狭しと並んだ絨毯は全て手織りの一級品、鮮やかな色彩で見事な出来栄えに思わずため息が出る。



何人かはお好みのがあったらしく早速値段交渉。
社長の友達だと言う事で最初から半値、更に値引きをしてくれ結局四分の一位で買えた人もいた。



ここは絨毯がメインだが色々な土産物も豊富、奥に行ったら民俗楽器が並んでいる。
そこで私は気に入ったこの月琴を一万円でゲット。
中国と言えば京劇が有名だがこの京劇に使う三大楽器が、京胡、京二胡、そしてこの月琴だ。
作りもしっかりしていて中々良い感じ。
さて?どうやって弾くのだろうか?
興味が尽きない。



1時間ほどの滞在で社長ほか従業員に見送られ空港へ。
僅か5分で到着し手続き終了後に機上の人となる。
3時間強のフライトで北京空港に到着、2時間の待ち時間で今度はCA159便にて名古屋行きに搭乗。
名古屋に着いたのが9時、大矢会長の挨拶で解散、それぞれ我が家に向かいました。



遠い遠い敦煌でしたが心優しいメンバーに恵まれ心に残る旅行に成りました。
もう中国は20回以上訪問していますが、中国は余りにも広く、行く先々の文化や歴史も様々で訪問する度に新たなる発見と感動の連続。



まだまだ行って見たいところが沢山あり興味の尽きない中国。
5000年の歴史が育んだ悠久の地への思いは益々強く成りました。



同行の皆様の心使いに心から感謝し、敦煌探訪を終わります。



謝 謝





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敦煌二日目は6時半モーニングコール、朝食を戴き、本日のメイン観光、雅丹(ヤルダン)国家地質公園に向かう。
敦煌市内は小さい街なのであっと言う間に市内を抜けるとあとは何もない地平線まで見渡せる砂漠だ。



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道路は舗装されてはいるが結構波打っていて乗り心地は悪い。
1時間以上走っただろうか、途中から砂利道でバスのネジが外れるのではと思うほどがたがた道、まるでオフロードを走ってる様だ。30分ほど走りやっと舗装道路に復帰。



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途中漢時代に造られた万里の長城に寄る。
約2000年前の物だと言うがアシや土を踏み固めて造った物は雨風にさらされ風化、当初5メートル位あった物が現在は半分ほどになっている。
この漢の時代の物は現在137キロ残っているそうで、北京などに有る頑丈な長城は明の時代、1368年から1644年に造られた物だそうだ。
今まで総延長は6352キロとされていたが、2009年、4月18日に8851.8キロに修正された。



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長城を後にし出発から3時間、左前方に凄い景色が飛び込んで来た。
元々は川だったそうで川が干上がり長年の風雨で侵食しご覧の様な景色になったらしい。実際見渡すと自然の力の大きさに脱帽。
歴史が長くなければ成し得ない産物だろう。1時間ほど見学後に一軒だけ有るレストランでランチタイムとなったが、ビールは冷やしてなくイマイチ、いやイマニ。



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早々に切り上げ帰路につくが途中二ケ所に寄る。
まず最初に寄ったのは敦煌市内から70キロに位置する漢の時代の軍事、交通の要所の関所、『玉門関』、続いて玉門関の南に有る『陽関』に立ち寄った。
見学後に直ぐ近くの農家園にて夕食。




この地域一帯は葡萄農家がほとんどで、今年の収穫は昨日で終わったと言っていたが、出してくれた葡萄は中々の出来で甘く美味しい。
例年は売れ残った物を干し葡萄にするらしいが今年は出来が良く全て売り尽くしたと言う。
ここで採れた葡萄で造ったワインが有ると言うので早速乾杯、結構良い味です。
農家だけあってか野菜中心の料理だったが大変美味しく戴けました。




敦煌のホテルに帰って来たのが8時、12時間の長旅で若干疲れましたが、大変有意義な思い出に残る一日に成りました。
明日はいよいよ帰路につきます。
今日もお疲れ様でした。


つづく

テーマ:海外旅行記
ジャンル:旅行

シルクロードの中継地だった敦煌とは一体どんな街なのか少しお話しよう。



敦煌は甘粛省北西、省都蘭州市の1100キロに位置しその昔シルクロードの分岐点として知られた町である。
四季がはっきりしていて朝晩の温度差があり、年間平均気温は9.4度。面積の95.5パーセントが砂漠で緑地はわずか4.5パーセントしかない。
雨が少なく年間降雨量は僅か39ミリ。
敦煌は約2000年ほど前から人が住んでいたらしいが、200年前から西安からの移民者が現在の敦煌の元になっていると言う。



知名度がある町なのでもっと大きな都市と思いきや、人口はわずかに18万人でそのうち農村部に11万人、敦煌の中心部に3万5000人。
近くの町に残りの人々が住んでいると言う。



産業は農業と観光業。年間観光客は150万人で1978年、NHKが放送した『シルクロード』で日本人に広く知られる様になり、その後『井上靖』の著書、『敦煌』が映画化され、人気に拍車をかけた。現在中国人を除いて外国からの観光客では断トツ日本人がトップだと言う。



農業は棉花栽培が有名で、訪れた時は丁度白い花が咲き誇り綺麗な光景が見られた。
そのほか野菜や果物もも豊富に採れるが、特に良質の葡萄が有名で遠くは上海辺りからも車で買い付けに来ると言う。



夏場は暑くなり以前最高気温が48度になった事もあると言う。
40度を超えると仕事は休みになり、政府から飲み物代が支給される事になっているが、何故か発表はいつも39度だそうで、そんな笑い話をガイドさんが聞かせてくれた。



朝は綿入れ、昼は薄着、夜はストーブを囲んでスイカを食べる。



敦煌とはそんなところだ。
さあ明日は敦煌二日目、ここから200キロ砂漠を走り映画『ヒーロー』のロケ地、雅丹国家地質公園(ヤルダン)まで足をのばす。



つづく