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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ ★加藤訓「家元が行く」
2010年ので5月に中国山東省の名山、泰山に登った時の有志で作った会が山にちなんで泰山会。
あれから9年と2ヶ月、最初は隔月で行なっていたが、次第に2ヶ月会えないのは寂しいということになり、ついに今月が100回目。





昨日100回目の例会を私の店、天山で行いました、参加者は21名。
よくもまあ、ここまで続いたなあ、と感慨深いものがあります。
やはり何事も続けることは意義深いもの、続けることによりそこからかけがえのないものを得ることが出来ます。


継続は力なり。


改めてその言葉の意味を噛み締めた100回記念例会でした。






これまでの皆様のご理解に心から感謝申し上げます。
そして来月からも更にその絆を深めその輪を広げるべくこの会は続きます。

3月から細川たかしさんのコンサートツアーに声を掛けていただき、貴重な勉強をさせていただいてる鹿児島の訓煌(さとこう)訓平(さとつね)兄弟。
今日は福井県あわら温泉でのディナーショウに出演します。

昨日岐阜の我が家に泊まり、訓栄(さとえい)と、関ヶ原で京泰(きょうやす)と合流、車で現場に向かいます。





一流のスターからは学ぶことばかりで、この経験はかけがえのないものになります。

最近は名前も少しずつ知られてきて、地元の日置市からもちょくちょくお話をいただけるようになりました。
先日も市から依頼された大型フェリー、サンフラワーでの演奏が好評だったようです。


こうして少しずつ成長行く姿を見るのが最近の楽しみになりました。


頑張れ訓煌、訓平!!

昨日、熱田の賀城園で訓成と訓音の秋田荷方節三味線コンクール優勝報告と感謝の集いが行われました。










秋田民謡全国大会の中で行われるこのコンクールはレベルがたかく、出場することだけでも大変なのに、そこで優勝するのはさらにハードルが高く、訓成が7回目で、訓音にいたっては何と9回目の挑戦でやっとその栄冠を手にすることが出来ました。

それほどこの秋田荷方節という曲は三味線弾き泣かせであります。





感謝の集いと銘打ってるだけあって、そのもてなし方も心温まるとても楽しい会でした。








二人とも入門から30年が過ぎ、今では会の要として頑張っていただいております、
今後も優勝するまでの厳しい道のりを忘れることなく、更に高みを目指して頑張っていただきたいと思います。



大変お疲れ様でした。

昨日トヨタ教室に行って昼御飯は皆さんでお弁当。
会話は皆さん良い歳になったので自然と健康の話題になった。

盛り上がったのは無呼吸症候群の話。
私も同級生と泊まった時に、訓、お前息が止まってるよと言われて気にはなっていた。

訓宏さんと訓松さんも無呼吸症候群で医者にかかっていて、お二人とも現在酸素が自動で送られるあの酸素マスクのような器具を付けて寝ていると言う。

この機械を装着すると止まった回数や止まってる時間もわかるというが驚いたのは、訓宏さんは朝まで100回も止まり、最大1分半も止まっていると言う。
もっと凄いのは訓松さんで、1時間に何と!50回止まったとのデータを得られたそう。


ええ~!    1時間に50回と言えば1分に1回ほど止まっていることになる。
ほとんど呼吸をしてないことになるではないかあ。
これには驚きを隠せない。
私もそうだろうか???


そして次の話題は頻尿。
最近、私は夜何度かトイレに起きる。
目が覚めるので、寝るにはまた仕切り直しで熟睡出来てない。
だから昼間物凄く眠い時がある。

そんな話をしたら、訓松さんは前立腺肥大の手術をして今は快調とか。
訓一さんも悩んでいて現在トレーニング中とか。


トヨタ教室はあと2ヶ月で丸31年。
みんな歳を重ねた。


健康は有難い。


そんな話題で盛り上がるような歳になってしまった。


ああ~。

本来ならとっくに動いてる筈の来年3月の藤秋会40周年記念、【藤秋会夢舞台2020'】がある事で難航し、遅れていたが、やっと昨日の最高幹部会で概要がまとまった。

夢舞台2013と2015はかつて東洋一の劇場と言われた、あの愛知芸術劇場昼夜2回公演をやり遂げたが、今回は昼1回の公演となった。
昼夜2回公演は流石に会員の体力的に大変で券売にも大きなエネルギーを使うし、昼夜だと打ち上げが出来ない。

40周年記念なので皆さんそのお祝いも込めて打ち上げをやりたいとの希望だった。
問題は収支が合うかだが、切り詰めるところは切り詰めてやれる目処がついた。

構成もほぼ決まり、かつてない絶対見逃せない舞台になる!!    いや、する!!


昼1回なのでチケットはほぼ予約で埋まるはず、早い者勝ちだ。


全容は近々発表させていただくが、乞うご期待!!


藤秋会が民謡界の歴史をまた塗り替える!!!

半月ぶりに富山に行って来ました。
今月から30年振りに再開した富山教室、うっかり写真を撮るのを忘れてしまいましたが、皆さん昔とった杵柄、しっかりと私の教えたことは出来てて感心しました。
長い年月が経っても忘れずにいてくれたことに心から感謝です。


さて、やはり新幹線が停まる駅は違います。私が初めて富山駅に下りたのが昭和57年、駅舎は勿論、駅前の街並みも当時とは雲泥の差で近代的になっています。





ただ、路面電車はご覧の通り現代の物と、当時を思わせるレトロな車両が走っていてとても懐かしさを感じます。








新幹線の開通で富山空港を利用する方が40%も減少し便数も減らしたそうで、航空会社にとってはかなり痛手の様です。
なにせ東京駅から2時間15分で富山に着くのですから世の中も変わったものです。


せっかく呼んでもらったのですから、しっかりと皆さんに喜んでいただけるよう頑張ります!

一昨日の協会相談役会議に続いて、昨日は全国連合会長会議を北区滝野川会館で行いました。
全国から各地区を取りまとめる連合会長にお集まりいただき、其々に委嘱状をお渡しし、全ての会長から地区連合会の現状報告、並びに協会への要望もいただき大変有意義な会議になりました。












少子高齢化で会員減少が叫ばれる中で新たに中九州地区連合会、青森地区連合会の誕生はこの時期には大変明るい話題、吉富今日子、渋谷和生両会長は若くてバリバリの現役とあって皆さんの期待も相当なものです。


終了後の懇親会も和気あいあい、アットホームで和やかな雰囲気の中で、皆さんの士気が高まった充実の一日でした。


また頑張れます!

昨日協会に永年ご尽力いただいた相談役の先生方にご意見を伺う機会を設けた。

正直素晴らしく有意義な時間を共有でき大満足でした。
相談役に名を連ねる方々にはそうそうたるメンバーがいらして、やはりご意見ひとつひとつに重みを感じます。

会議の冒頭委嘱状をお渡ししましたが、民謡界の大ベテラン、そして協会の役員を永年務めた方々に若輩の私が役目とは言いながら、そのセレモニーは大変恐縮致しました。





このご意見を真摯に受け止めて協会発展に生かしたいと思います。
会議終了後にささやかな懇親会を行いとても和やかな雰囲気で諸々のお話を伺う事が出来、本当に有意義な一日になりました。









           (民謡界のレジェンド、原田直之名人位)


相談役会の皆様、本当にありがとうございました😊

今日、明日と会議で上京です。
今日は相談役会、長年協会の重鎮としてご尽力いただいた相談役の皆様にご意見を賜る大事な日。

そして明日は連合会長会議、全国の地区連合会長が集い、今後の協会の方向性を確認する大事な日になります。

トップとしてぶれる事なくしっかりと対応しなければなりません。

何だか、今日明日は私の通信簿を付けらるような気がして些か緊張しますが、さて、どんな点数になるのか楽しみな二日間です。

【受けた恩は石に刻め、かけた恩は水に流せ】


素晴らしい言葉だ。


受けた恩は石に刻んでるかは別にして常日頃忘れてはいけないと肝に銘じている。
しかしかけた恩を水に流せてるかと言うと、これがなかなか出来ない。

あんなにやってやったのにとつい思ってします。
まだまだ修行が足りない。


最近凄く理不尽な事があってこの事を考えさせられた。


人間死ぬまで勉強だなあ。

私の生まれた所は秋田県の南部、美郷町(みさとちょう)という山間ののどかな田園風景が広がっている所です。

地理的には秋田市から車で50分、日本一の花火で知られる大曲から東に15分程に位置してます。
全国的に知名度がある民謡[長者の山】の全国大会が行われている所として民謡愛好者には知られています。

この町で最も自慢出来るのがラベンダー園、私の実家から5分ほどの所です。
2ヘクタールの畑に2万株もの花が咲き誇ってる景色は絶景です。

昨日地元の同級生から今が見頃のラベンダー園の写真が送られてきました。
















そして今売り出し中なのが美郷雪華というここで誕生した白色のラベンダーだそうです。


秋田県内では既に有名なラベンダー園です。県内外を問わず是非一度ご覧いただきたい場所です。

今日から7月、1年の半分が消化して折り返し。
この半年は結構慌ただしかった。

4日間秋田の自宅で稽古をこなした合間の土曜日の夕方、中学校の同級生から花火で知られる大曲で一杯やるので来ないかとお誘いをいただき、良いカンフル剤になった。
この仲間との出会いも半世紀になろうとしているのに、少しも色褪せないのが地元の同級生の良いところだ。






さて、今年の後半も自身のこと、会のこと、協会の行事と諸々慌ただしいが、先ずは会の40周年記念公演のことをやらなければならない。
公演まで8カ月、あることがあって大事な物事が上手く決まらず大幅に予定が遅れてしまった。

藤秋会は全国組織なので、それまで完璧に隅々まで演目を徹底指導しなくてはならないが、年内中に仕上げておかないと、お盆だ、暮れだ、正月などでお弟子さんも忙しく、3月の公演とは言っても使えるのはせいぜい半年、これからはスピードを上げて行かないと間に合わなくなってしまう。
ぐちゃぐちゃの頭の中をしっかりと整理して後半半年を駆け抜けたい。



さて、束の間の秋田をおさらば、最近は何処が自分の家なのかわからなくなるが今日は岐阜へGO!

少子高齢化の影響は我々民謡界にも大きな影響を及ぼし、会員の減少が大変深刻な状況だ。

この減少は双璧をなす、日本民謡協会さんも同じく頭の痛い問題で、私は一番苦しい時に理事長を務める事になってしまった様である。
しかしながらそれを手をこまねいている様ではトップとしては情けない。

こんなご時世でもやる気のある人は必ずいるはずと説得を重ね、昨年11月に中九州地区連合会を立ち上げた。
会長は何とまだ43歳の吉富今日子さん。

大分県日田市在住で女性ながら男性以上にバイタリティのある方で、見込み通り第1回目の連合大会を見事に先月12日にやり遂げた。





そして私が次に白羽の矢を立てたのが本州の最北端、津軽三味線の本場青森。

巨匠、山田千里先生の薫陶を受けて、津軽三味線大会三連覇を成し遂げた、津軽三味線の申し子、渋谷和生。
彼を説得し、青森にも新しい青森地区連合会の立ち上げにこぎつけた。





           (  左の真ん中が渋谷和生 )


だめだだめだと手をこまねいていてもそこからは何も生まれない。

先ずは思ったら行動、決して諦めないこと!!これに尽きる。


日本郷土民謡協会が面白くなってきたぞ!!

昨日、富山市の教育文化会館大ホールで第40回、日本郷土民謡協会、北日本地区連合大会が開催され審査を務めました。





大会としては遅めの12時からの開演で6部門に90人ほどが出演、コンクールの合間には歴代内閣総理大臣賞に輝いた方々のアトラクションなども盛り込み、大変盛り上がった大会になりました。










特に富山県の大会で優勝した強者が勢ぞろいしたハイライト部門は白熱して何方が優勝してもおかしくないハイレベルな大会で素晴らしかったです。
そんな激戦を見事に制したのが石川万理衣さん。







全国大会では内閣総理大臣賞争奪グランプリ部門への出場権を獲得し、優勝を目指し頑張りますと宣言。

富山の代表する名曲、越中おわら節で臨みます。


是非頑張って下さい。

終了後には9支部の支部長さんが一席設けてくれて色々親しくお話が出来とても有意義な一日になりました。






北日本地区連合会の皆様、大変お世話になりました。

富山県に教室を開設したのが昭和57年の5月だからもう38年目になる。
当時は他府県から色々な先生方が富山入りして教室を開いていたが諸々の事情で撤退し、結局最後まで残ってやってるのは私だけになってしまった。

良くぞここまで来れたものだと自分でも感心するが、最初は富山県でも新潟県に近い入善町という所だった。
それから2年ほどして富山市に進出、その時に教えてた方々は訳あってその後は会を離れた。


ところが昨年越中おわら節の大会に審査でお邪魔した際、当時教えてた方が私に会いに来てくれた。
有難い事に先日電話をいただき、先生昔の仲間がもう一度やりたいから来て欲しいとのお話。

ええ~、何と嬉しいことだろう。
昨日そのメンバーが集まってくれた。






30年経過しても皆さんまだまだ若い。
そんな訳で富山教室、来月から正式に再開致します。



嬉しい😃

ご無沙汰しております。
ブログを書いて10年、多分5日も空けたのは初めてだと思いますが、5日も更新しないと何だか1年も休んだ様な気がします。

こんなつたないブログを楽しみにしてますよ、なんて言って下さる方には大変申し訳ありませんが人生色々ありまして、全て順風満帆とは行きません。

来年3月の藤秋会40周年記念公演【藤秋会夢舞台2020】の件でストレスになりここずっとその問題で頭を悩ましておりましたが、やっと解決を見ましたのでこれから全力で進めて行きます。

藤秋会サポーターの皆様には、かつてない感動を与えられることは間違いないゲスト陣にご出演いただき、正しく夢舞台にふさわしい公演をお届け致しますので今少し発表までお待ちください。

さて先週末から岡山、姫路、豊田、第99回の毎月の例会を挟んで3日間東京におりました。

昨日は先月文京シビックホールで行いました協会春季大会の役員反省会を中野サンプラザで行い、その後居酒屋で慰労会を行いました。
事故なく成功に終わった春季大会でしたが、小さな反省点や改善点があり、それを次の青少年大会や全国大会にしっかりと活かす事で更に皆様に喜んでいただける大会を目指します。

真剣な反省会の後は和気あいあいな雰囲気で慰労会を行い、次も頑張ってくれる確約をいただきました。





さあ、今日は北陸に移動です。


元気で頑張ります!!!

三味線を弾く上で欠かせないのが撥。
撥にも色々あるが、津軽三味線を弾くのに最適なのが鼈甲撥。
ところがこの鼈甲撥が材料不足から今物凄く高騰している。

先月の春季大会に出店していた三味線屋さんの価格を見てあまりの値段の高さに驚いた。
参考の為に他店も覗いて見たがそちらの店も同じ様な値段を付けている。

私もみさと屋の看板を掲げてもう27年になるのでその状況はわかってはいるが、それにしてもこんなに高いとそうしょっちゅうは買えない。

撥の価格は鼈甲の色目で決まる。
要するに飴色が多くなると高くなり、逆に黒いところが多くなると安くなるのが一番わかりやすい目安。








これは私の店の在庫でかなり上物だが、これくらいの物になると10万以上~15万ほどの値段になっていた。
どうしてここまでになったかと言えば、基本的にワシントン条約により鼈甲は輸入禁止なので、在庫がどんどん減り値段が上がっていく仕組みなのだが、日本の文化を守る楽器を演奏する撥の材料が入って来ないというのは何とも寂しい限りだ。

カリブ海の国キューバでは亀を食用にしている文化があるので、高額で取引される鼈甲の輸出規制の解除を訴えているが中々その文化がない国からは理解されない。
日本の捕鯨と同じような理屈だろうが、鼈甲は駄目、糸巻きや駒の材料として使われてた象牙も同じ理由で輸入禁止。
三味線の材料である紅木も輸入禁止で三味線を取り巻く環境は更に厳しさを増して四面楚歌状態。


何百年も続いて来た我が国の三味線文化を守る為には、国がもっと腰を上げてこの状況を打開して行かなければ、折角若者に評価されて来た津軽三味線の発展に水を差すことになる。



実に頭の痛い問題である。

月曜には長崎から岐阜に帰り、火曜日に急遽予定を変更して秋田に移動。

高齢の親父が手術をすると言うので、歳が歳だけに後で顔を見ておけば良かったと後悔をしないようにと病院へ。
幸いに杞憂に終わって一安心。


本日また西へ行くのにただ今羽田で乗り継ぎ待ち。
ここのところ何かと慌ただしい。


これも人生だ。

今から30年以上前に秋田民謡企画から出したこのビデオ、【ぜったい弾ける津軽三味線】がまだ売れている事にビックリ‼️





全8巻で出したシリーズ物だが、手前味噌ながら当時としては実に画期的だったと思っている。
津軽三味線の教材は今でこそ色々な方々が出しているが、当時私のはテレビに弾いてる映像が流れるだけではなく、今のカラオケに歌詞が流れて行くのと同様に譜面が流れ、しかも当時は譜面に誰も明記してなかった、津軽三味線の特性である、前バチ、後バチをきちんと明記した事。
この事で合奏をした場合にその揃い方が格段にアップした事は言うまでもない。


オリンピックプレゼンテーションとして、2014年と2016年に、日本武道館で最大の三味線アンサンブルとして、ギネス世界記録を更新出来たのは、まさしくこのバチ割りをしっかりと明記した事に他ならない。
これを書いてなければ絶対にバラバラになり記録達成は不可能だったと自負している。


当時基本曲の第1弾は何と17800円、2段から8段までは14800円と、今思えば物凄い高額だったにもかかわらず買ってくれた事を思えば、当時は中々ここまでさらけ出して私の様に指導する人が少ない時代、それと、苦労して覚えた物を簡単に公開する事が極端に少ない時代だったからの様な気がする。


民謡企画にはアマゾンを通しての購買者からこの1年だけでもかなりの数のハガキが来ており、ご意見、感想欄を見ると、非常にわかりやすいとお褒めの言葉が書いてあり、感慨深いものがある。





10年ほど前にビデオからDVDに焼き直して価格を下げて売っているが、それでもこの手の教材では最も高額なのにもかかわらず30年の時を過ぎて売れている事は、指導が間違ってなかった事を裏付ける材料になるので今の指導法を自信を持って今後とも普及に努めたい。


これを撮影した当時を思い起こすと笑える。

今はデジタル時代なので一音間違ったリ、音を外してもそこだけの修正が出来るが、当時は全部最初から最後まで撮り直しで、これにはとても苦労した。

撮影は二台のカメラで、一台は私の演奏してる模様、もう一台は譜面を撮っているが、音に合わせて譜面が流れる仕組みがこれまた大変だった。

渡辺社長と試行錯誤の結果、譜面を横長に切ってそれを巻き取って行く必要があり、ヒントになったのは、渡辺社長と居酒屋で飲んでる時にたまたま店のテレビに映ったのがイカ漁の模様。

二人で顔を見合わせて、これだ!と意見が一致した。
イカを巻き取るドラムからヒントを得て、考えたのがトイレットペーパーを巻き取るホルダー。

早速二つ買って来てテーブルの両端にそれを据え付け、これで万事が上手く行くと思ったが、手動なので巻く速度にムラが出て、弾いてる速度と合わなくなり何度もやり直し。

しかも巻き手を担当したのが友人の佐藤清春さんという方で、三味線を全くやらない方だから今何処を演奏してるのかわからない。
巻き手の他に今どの部分を演奏してるか指揮棒で指してる人がお弟子さんだったが、まだその曲を勉強してなくて、途中でわからなくなり演奏と譜面とがずれてしまい、これまたやり直し。


今思えば全くマンガの様だった。

それでも苦労しただけあって未だに売れてる事はその方々に感謝をしなければならない。


平成の幕開けで世に出た私の教材は、令和の新しい時代でもまだまだ健在です!!

第7回長崎地区連合大会が昨日長崎市NBCビデオホールで行われ審査を務めました。





満席のお客様の中10時から開演され、コンクールの合間に三味線合奏や、踊りも織り込み飽きのこないプログラムにお客様の拍手も一段と大きく聴こえます。





特に少年少女のコンクール部門では客席から手拍子も自然と起こり、実に和やかで微笑ましい光景でした。
各分門の優勝者で12月の全国大会内閣総理大臣賞を競うグランプリ部門の出場権を獲得したのは、樺島ハイヤ節を唄った長崎中央支部の丸木美左子さん。





更に磨きをかけて内閣総理大臣を目覚して下さい。
打ち上げでは長崎ならではの皿踊りも登場、実に楽しい持て成しに感激致しました。






長崎地区連合会の皆さん、大変お世話になりました。

ひと月で3度の九州入り、今朝は長崎で朝を迎えております。
昨年から丁度1年ぶりですが、やっぱり長崎は情緒があって良いです。
今日は協会でもあたらしい連合会、長崎地区連合会の第7回地区連合大会です。






12月の全国大会に出場する予選大会で、審査委員長を務めます。


さあ、今日も張り切って元気で頑張ります!

ブログを少し更新しないと、皆さんがどうしたのかと心配してくれまして、こんな私を案じてくれることに感謝申し上げます。

鹿児島から帰り昨日まで東海地区の教室をまわり、ただ今本部の会議に出席するために新幹線乗車中。

ここずっと慌しい動きをしてましたし、その過程で諸々の諸問題も解決しなければならず多少オーバーワーク気味ですが、元気で生存しております。


皆様の御心配心から感謝致します。


今日も頑張ります!!

鹿児島に教室を開設したのが平成7年だから、25年目に入った。

四半世紀、思えば実に長くなったものだ。
思う様にお弟子さんが増えず何度も撤退を考えた時もあったが、ここに来てじわじわと増えて来た。

やはり継続は力なり、だ。!


諦めていれば鹿児島教室は今なかった。
物事そんなに簡単にはいかない。
絶対に諦めず続けること。
これがやがて成果につながる。


焦るな   腐るな   負けるな   諦めるな!





一路岐阜へ。

4日間の自宅稽古を終わって今日はまた1500キロ南に移動、鹿児島に飛びます。

長距離移動は気温が極端に違ったりして、体調管理が難しい時もありますが、丈夫な体に産んでくれたお陰で殆どそんな心配はありません。

この歳になると色々健康に支障が出てきがちですが、今はそれが一番有難い事です。
待ってくれてる人がいる事は本当に有難い事です。

鹿児島に教室を開設してから今月で25年目になります。


さあ、一路薩摩へ。


私の家の裏は通学路になっていて、小中学校に通う子供達の登下校時は賑やかで元気な声が聞こえてくる。

昨日の朝、丁度登校時に用事があり車で通りに出ようとしたら、女の子が横切ろうと待っていたので、停車したら頭を下げて車の前を横断した。

渡ったのを確認して出ようとしたら、左側に渡ったその女の子がなんと!くるりと反転して私に丁寧に深々とお辞儀をしたのだ。

これには、なんと礼儀正しい子供だなあと感心したが、そのようにしなさいと日頃指導されているのだろうか?
何れにせよとてもその行動には清々しさを覚えたが、
子供の行動は純粋で、大いに大人が学ぶべき点があるなと思った。


先日通り魔に刺されて尊い命を落とした栗林華子さん(小六)も、近所の方の話ではとても礼儀正しい子だったそうだ。
なんだかその子の仕草とオーバーラップして気の毒で胸が締め付けられた。


今日から6月、もう二度とあんなニュースがない事を祈りたい。