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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ
三味線を弾く上で欠かせないのが撥。
撥にも色々あるが、津軽三味線を弾くのに最適なのが鼈甲撥。
ところがこの鼈甲撥が材料不足から今物凄く高騰している。

先月の春季大会に出店していた三味線屋さんの価格を見てあまりの値段の高さに驚いた。
参考の為に他店も覗いて見たがそちらの店も同じ様な値段を付けている。

私もみさと屋の看板を掲げてもう27年になるのでその状況はわかってはいるが、それにしてもこんなに高いとそうしょっちゅうは買えない。

撥の価格は鼈甲の色目で決まる。
要するに飴色が多くなると高くなり、逆に黒いところが多くなると安くなるのが一番わかりやすい目安。








これは私の店の在庫でかなり上物だが、これくらいの物になると10万以上~15万ほどの値段になっていた。
どうしてここまでになったかと言えば、基本的にワシントン条約により鼈甲は輸入禁止なので、在庫がどんどん減り値段が上がっていく仕組みなのだが、日本の文化を守る楽器を演奏する撥の材料が入って来ないというのは何とも寂しい限りだ。

カリブ海の国キューバでは亀を食用にしている文化があるので、高額で取引される鼈甲の輸出規制の解除を訴えているが中々その文化がない国からは理解されない。
日本の捕鯨と同じような理屈だろうが、鼈甲は駄目、糸巻きや駒の材料として使われてた象牙も同じ理由で輸入禁止。
三味線の材料である紅木も輸入禁止で三味線を取り巻く環境は更に厳しさを増して四面楚歌状態。


何百年も続いて来た我が国の三味線文化を守る為には、国がもっと腰を上げてこの状況を打開して行かなければ、折角若者に評価されて来た津軽三味線の発展に水を差すことになる。



実に頭の痛い問題である。

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月曜には長崎から岐阜に帰り、火曜日に急遽予定を変更して秋田に移動。

高齢の親父が手術をすると言うので、歳が歳だけに後で顔を見ておけば良かったと後悔をしないようにと病院へ。
幸いに杞憂に終わって一安心。


本日また西へ行くのにただ今羽田で乗り継ぎ待ち。
ここのところ何かと慌ただしい。


これも人生だ。

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今から30年以上前に秋田民謡企画から出したこのビデオ、【ぜったい弾ける津軽三味線】がまだ売れている事にビックリ‼️





全8巻で出したシリーズ物だが、手前味噌ながら当時としては実に画期的だったと思っている。
津軽三味線の教材は今でこそ色々な方々が出しているが、当時私のはテレビに弾いてる映像が流れるだけではなく、今のカラオケに歌詞が流れて行くのと同様に譜面が流れ、しかも当時は譜面に誰も明記してなかった、津軽三味線の特性である、前バチ、後バチをきちんと明記した事。
この事で合奏をした場合にその揃い方が格段にアップした事は言うまでもない。


オリンピックプレゼンテーションとして、2014年と2016年に、日本武道館で最大の三味線アンサンブルとして、ギネス世界記録を更新出来たのは、まさしくこのバチ割りをしっかりと明記した事に他ならない。
これを書いてなければ絶対にバラバラになり記録達成は不可能だったと自負している。


当時基本曲の第1弾は何と17800円、2段から8段までは14800円と、今思えば物凄い高額だったにもかかわらず買ってくれた事を思えば、当時は中々ここまでさらけ出して私の様に指導する人が少ない時代、それと、苦労して覚えた物を簡単に公開する事が極端に少ない時代だったからの様な気がする。


民謡企画にはアマゾンを通しての購買者からこの1年だけでもかなりの数のハガキが来ており、ご意見、感想欄を見ると、非常にわかりやすいとお褒めの言葉が書いてあり、感慨深いものがある。





10年ほど前にビデオからDVDに焼き直して価格を下げて売っているが、それでもこの手の教材では最も高額なのにもかかわらず30年の時を過ぎて売れている事は、指導が間違ってなかった事を裏付ける材料になるので今の指導法を自信を持って今後とも普及に努めたい。


これを撮影した当時を思い起こすと笑える。

今はデジタル時代なので一音間違ったリ、音を外してもそこだけの修正が出来るが、当時は全部最初から最後まで撮り直しで、これにはとても苦労した。

撮影は二台のカメラで、一台は私の演奏してる模様、もう一台は譜面を撮っているが、音に合わせて譜面が流れる仕組みがこれまた大変だった。

渡辺社長と試行錯誤の結果、譜面を横長に切ってそれを巻き取って行く必要があり、ヒントになったのは、渡辺社長と居酒屋で飲んでる時にたまたま店のテレビに映ったのがイカ漁の模様。

二人で顔を見合わせて、これだ!と意見が一致した。
イカを巻き取るドラムからヒントを得て、考えたのがトイレットペーパーを巻き取るホルダー。

早速二つ買って来てテーブルの両端にそれを据え付け、これで万事が上手く行くと思ったが、手動なので巻く速度にムラが出て、弾いてる速度と合わなくなり何度もやり直し。

しかも巻き手を担当したのが友人の佐藤清春さんという方で、三味線を全くやらない方だから今何処を演奏してるのかわからない。
巻き手の他に今どの部分を演奏してるか指揮棒で指してる人がお弟子さんだったが、まだその曲を勉強してなくて、途中でわからなくなり演奏と譜面とがずれてしまい、これまたやり直し。


今思えば全くマンガの様だった。

それでも苦労しただけあって未だに売れてる事はその方々に感謝をしなければならない。


平成の幕開けで世に出た私の教材は、令和の新しい時代でもまだまだ健在です!!

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第7回長崎地区連合大会が昨日長崎市NBCビデオホールで行われ審査を務めました。





満席のお客様の中10時から開演され、コンクールの合間に三味線合奏や、踊りも織り込み飽きのこないプログラムにお客様の拍手も一段と大きく聴こえます。





特に少年少女のコンクール部門では客席から手拍子も自然と起こり、実に和やかで微笑ましい光景でした。
各分門の優勝者で12月の全国大会内閣総理大臣賞を競うグランプリ部門の出場権を獲得したのは、樺島ハイヤ節を唄った長崎中央支部の丸木美左子さん。





更に磨きをかけて内閣総理大臣を目覚して下さい。
打ち上げでは長崎ならではの皿踊りも登場、実に楽しい持て成しに感激致しました。






長崎地区連合会の皆さん、大変お世話になりました。

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ひと月で3度の九州入り、今朝は長崎で朝を迎えております。
昨年から丁度1年ぶりですが、やっぱり長崎は情緒があって良いです。
今日は協会でもあたらしい連合会、長崎地区連合会の第7回地区連合大会です。






12月の全国大会に出場する予選大会で、審査委員長を務めます。


さあ、今日も張り切って元気で頑張ります!

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ブログを少し更新しないと、皆さんがどうしたのかと心配してくれまして、こんな私を案じてくれることに感謝申し上げます。

鹿児島から帰り昨日まで東海地区の教室をまわり、ただ今本部の会議に出席するために新幹線乗車中。

ここずっと慌しい動きをしてましたし、その過程で諸々の諸問題も解決しなければならず多少オーバーワーク気味ですが、元気で生存しております。


皆様の御心配心から感謝致します。


今日も頑張ります!!

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鹿児島に教室を開設したのが平成7年だから、25年目に入った。

四半世紀、思えば実に長くなったものだ。
思う様にお弟子さんが増えず何度も撤退を考えた時もあったが、ここに来てじわじわと増えて来た。

やはり継続は力なり、だ。!


諦めていれば鹿児島教室は今なかった。
物事そんなに簡単にはいかない。
絶対に諦めず続けること。
これがやがて成果につながる。


焦るな   腐るな   負けるな   諦めるな!





一路岐阜へ。

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4日間の自宅稽古を終わって今日はまた1500キロ南に移動、鹿児島に飛びます。

長距離移動は気温が極端に違ったりして、体調管理が難しい時もありますが、丈夫な体に産んでくれたお陰で殆どそんな心配はありません。

この歳になると色々健康に支障が出てきがちですが、今はそれが一番有難い事です。
待ってくれてる人がいる事は本当に有難い事です。

鹿児島に教室を開設してから今月で25年目になります。


さあ、一路薩摩へ。


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私の家の裏は通学路になっていて、小中学校に通う子供達の登下校時は賑やかで元気な声が聞こえてくる。

昨日の朝、丁度登校時に用事があり車で通りに出ようとしたら、女の子が横切ろうと待っていたので、停車したら頭を下げて車の前を横断した。

渡ったのを確認して出ようとしたら、左側に渡ったその女の子がなんと!くるりと反転して私に丁寧に深々とお辞儀をしたのだ。

これには、なんと礼儀正しい子供だなあと感心したが、そのようにしなさいと日頃指導されているのだろうか?
何れにせよとてもその行動には清々しさを覚えたが、
子供の行動は純粋で、大いに大人が学ぶべき点があるなと思った。


先日通り魔に刺されて尊い命を落とした栗林華子さん(小六)も、近所の方の話ではとても礼儀正しい子だったそうだ。
なんだかその子の仕草とオーバーラップして気の毒で胸が締め付けられた。


今日から6月、もう二度とあんなニュースがない事を祈りたい。

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昨年夏の甲子園で日本中を熱狂させた、秋田金足農業高校野球部だが、その金農とローソンがタッグを組んで出来上がったのがご覧の2点、塩レモンクロワッサンと金農パンケーキ。










パッケージも金農カラーで中々いかしてるではないか。

出た当時は売り切れ続出で中々買えなかったが、昨日家内が見つけて買ってきた。

どちらのお味も上々で、いただきながら横浜に逆転勝ち、近江との伝説のツーランスクイズを思い出し、その味を更に押し上げてくれる。

秋田があんなに盛り上がった記憶は私が生まれてから初めてのことで、是非是非またあんな夢を見たいものだ。
夢を見れるのは実に素晴らしいこと。


来年の藤秋会40周年記念公演、『藤秋会夢舞台2020』まであと9ヶ月。
今度は皆さんを夢舞台にご案内する番。

大体の構成も決まりそろそろエンジン点火!


頑張るぞ!!

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宮崎に3日滞在、一路秋田の我が家に飛びます。
多分1500キロ程の移動かと思います。
地図で見ると随分遠く感じます。





これを江戸時代には歩いていた訳ですから気が遠くなりますね。
文明に感謝です。

日南、高千穂、霧島、日向、青島、何故か何れもしっくり来る地名、宮崎はとても素敵なところです。


さていざ空港へ。


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ここ何年か審査にお邪魔してますが、記憶では毎回雨、やはり行事は晴れるにこしたことはない。
何よりも着物を着て来る女性には好天は有難い。
第10回南九州地区連合大会は新しい令和の五月晴れの中で新富町文化会館で行われました。





各部門のコンクールには個人、団体合わせて180人ほどがエントリー、見事にグランプリに輝いた方は熊本のベテラン、十八番の牛深ハイヤ節を唄った火の国ふるさと支部の、高見春代さん。




その他、合唱、三味線グランプリ、尺八グランプリ、其々の部門に10人が全国大会に駒を進めました。

皆さんのご活躍を心から記念致します。

そして、泥谷吉利会長他、役員の方々のご尽力に心から敬意を表します。


大変お疲れ様でした、そしてお世話になりました。

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協会の地区連合大会は5月、6月が地区予選のピークで、明日の日曜日も全国各地で大会が開催されるが、私は第10回南九州地区連合大会審査のために今日宮崎入り。





宮崎県は九州でも名高い民謡が数多くある地区で、そのレベルも非常に高い。
いつもは多少心の重い移動も、全国的に好天の今日はスムーズに行きそうだ。


令和の幕開けにふさわしい素晴らしい大会になる事を期待したい。

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先日こんな素敵な言葉を目にした。


諦めないという土に
思いという種を蒔いて
信じるという水をやり
希望という芽が伸びて
夢という花が咲く


【夢先案内人】を目指して生きてきた私に勇気を与えてくれる言葉です。

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津軽三味線全国大会が東京で開催されてから勢いがつき、津軽三味線ブーム到来!
東京に続き2002年、平成14年には大阪で、更にその5年後の2007年、平成19年には名古屋で開催される様になり、出場者も年々若年化、10代で優勝者が誕生する様になった。

人気が人気を呼びその後青森市、神戸、滋賀、仙台、宮崎、岡山でも全国大会が開催されるという盛況ぶり。
今や何処の大会を覗いても出場者の大半は20歳前の若い方々で溢れかえっている。

手前味噌になるが、私の発案でオリンピックプレゼンテーションとして、2014年、2016年には日本武道館でそれぞれ1124人、1911人という大人数での津軽三味線合奏がギネス世界記録に登録された。

昭和40年頃まで地元青森では坊様芸、角付け芸として蔑まされていた津軽三味線は、今や世界に誇れる日本の代表音楽として評価されその地位を確立した事は紛れない事実であり、完全にその市民権を得て更なる進化を遂げている。
テレビに耳を澄ませばバック音楽として津軽三味線の音色が聴こえてこない日は皆無であり、完全に不動の地位を確立している。


40年以上前に弘前出身の義理の叔母に【何が悲しくてホイド(乞食)の真似をしなくてはならないの】と言われた悔しい思いを胸に、その地位の向上をただひたすらに願って来た津軽三味線の現状を見るに、私の役目も一区切りついた様な安堵感があります。


津軽三味線誕生から150年、幾多の困難を生き抜き、津軽三味線の発展に尽力された全ての先人に心から感謝と敬意を表し、更に津軽三味線が日本を代表する音楽として発展することを祈念しこのコーナーを閉じます。



おしまい。

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