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★津軽三味線『藤秋会』家元★加藤訓の公式ブログ

昨年の3月一杯で建て替えのために幕を下ろした名古屋御園座。
いったいいつから取り壊しをするのだろうと通る度に気になっていたが、昨日通ったら内部の解体が始まっていた。。


やっとだなあとの思いだがまだ外側があるので、外観は見る事が出来るがこれも時間の問題だろう。

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建物の着工は来年の3月末頃と書いてある。建物は地上40階地下1階のタワーマンションの中に新しい御園座が入る。

ビルの中に入ると言うことは、東京明治座や大阪新歌舞伎座のようになると思われるが、規模は今までよりも若干コンパクトになり、客席は1300席くらいだと聞いている。
何れにしても歴史ある芸どころ、名古屋の文化の殿堂は誰もが心待ちにしています。

旧御園座では120回を超えるステージを務めさせて頂きました。
またご縁を頂いて新装、御園座の舞台を踏めるよう精進をして頑張ります!

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今から4年前におとなり中国山東省にある中国屈指の名山、泰山(泰山鳴動してねずみ一匹)に登った仲間で作った会が泰山会。
実際に山に登ったオリジナルメンバーは11名。

当初は親睦の意味を込めて隔月で行ってた会だったが、段々とその絆は深まり、毎月例会をやるようになって、昨日ついに40回に達した。
それぞれ年令も仕事も違うが、今では家族のようで毎月顔を見ないとどことなく寂しい感じさえするからご縁とは不思議でまた有りがたいものだ。

来月は日本一の花火としてその名も高い秋田大曲の花火に、そして10月には武道館のオリンピックプレゼンテーションの応援にみんなで来てくれると言う。

金はない私だが、それに勝る私の財産である。

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大きな事をやろうとすれば何かしらの障害は覚悟してかからなければならない。
全てが順調に進んできたプレゼンテーション準備だが、5月30日を境に問題が発生。

個人的な名誉もありあまり詳しくは書けないが、この事の解決には何と50日も要し、私は連日この問題に悩まされ、睡眠が浅くなった。

結果、7月18日の協会の緊急役員会において、執行部を含めた理事全員が評議員会により解任。
新たに新理事が選挙により選任され、新理事会により長年理事長を務めた、柴田理事長に代わり高橋清峰副理事長がトップに選ばれた。

人生何が起こるかわからない。
同じ人が長年トップに君臨している事は、マンネリや、独裁的に成りかねず、先進国が国のトップの多選を禁じている事はその辺に由縁しているのだろう。

プレゼンテーション総指揮の立場上、私は一連の流れを非常に危惧したが、その事によるプレゼンテーションの影響はほとんどなく、ほっと胸を撫で下ろした。
人間万事塞翁が馬の例えあり、一喜一憂することなく初志貫徹!目標に立ち向かわなければならない。

今回の問題は私の人生において大きな教訓になった。
さあ、プレゼンまであと3ヶ月を切った。

頑張るぞ!!

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高砂と聞けば思い出すのがあれ。

【高砂や、この浦船に帆を上げて】
今はあまり聞かれなくなったが、これは能の作品のひとつで、昔は結婚披露宴の定番として広く知られている。
昨日、実はこの高砂の舞台となっている兵庫県高砂市を訪れた。
昔から知っているある方に、この方々を武道館のオリンピックプレゼンテーションに是非とも出して頂きたいとお願いされ、藤秋会の枠の中での出演を条件に、一度拝見させて頂くことになった。


メンバーは8名いるそうだが学生さんはテスト勉強で、この日集まったのは6名、皆さんお若い方々だ。
どれくらいのレベルなのか、一曲ご披露頂いた。
それぞれキャリアは10年以上でベテランだけあり耳は出来ていて、音程はしっかりしているが、基本的な事が今一つで残念。

よしっ!何とかしてあげたいと基本をしっかりと説明したら、さすが長くやっているだけあり、飲み込みが早い!
これは必ず上手くなることを確信!
何でもそうだが基本が出来れば6割は完成。

将来が大変楽しみな高砂ガールズでした。
頑張って下さい。

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各地で梅雨明けをしてるが日本列島は温室状態。
昨日の名古屋は36度を超えて、外にいる事はもはや危険な状況だった。
西の方はいささか良いかなと思ったら、姫路もさほど変わらず。

三味線を弾くことは物凄いエネルギーを使い熱を発するらしく、冬場でも暖房無しでも汗ばむほどだから、弾いている時とそうでない時は5度以上体感温度が違うような気がする。

てな訳で練習を早めに切り上げやっぱりビール!
一杯目の旨さは筆舌に尽くしがたいほど旨かった。
居酒屋で目に止まったつまみがご覧のこれ。【水なすの刺身】と書いてあって何となく涼しげに見えたのでオーダー。
何の事はない、生のなすをただスライスしただけ。
確かに刺身には違いないが、お味の方はイマイチ。
ただ涼しげに見えただけ、これで480円?
確実に失敗!

何でも見た目で判断しては駄目のようだ。

今日も暑そうだ。

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相次ぐ訃報に心も沈みがちだが、死は生あるものにとって避けては通れない事で、やがて自分もその時を向かえる。

昨日秋田市で行われた、尺八名人位【藤丸東風】先生の葬儀にはどうしても出席が叶わず家内に代役を務めてもらった。
心からご冥福を御祈り致します。

さて、以前から葬儀に参列する度に疑問に思ってたのは、前火葬と後火葬が地域によって異なること。
私の住む秋田は葬儀の前に火葬するので告別式の際、祭壇には遺骨が安置されている。
これをいわゆる骨葬と言うそうだ。

一昨日参列した【太田家元九郎】さんの通夜、昨日の告別式は御遺体を置いての遺体葬儀、いわゆる後火葬である。

さて、どうしてこのように違うのかと疑問に思っていたが、沿岸地域の漁師町は漁に出ていて直ぐに帰れない事や、豪雪地帯は雪解けを待って本葬をする習慣。
或いは伝染病を防ぐために早く火葬したなど様々な事情が今に受け継がれているようだ。

以前、お世話になった方の葬儀が前火葬で、どうしても火葬前に駆けつけられず、大変残念な思いがあったが、昔と違い遺体を長く保存出来る技術がある昨今、最後の別れが出来るような配慮が有れば嬉しい。

やがて行く道。
その時、私がもしもやつれはてて落ちぶれた姿だったら前火葬が良いのかもしれない?

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18日に亡くなった【太田家元九郎】さんの通夜に参列した。

大都市東京の斎場は田舎と違って、昨日の通夜の数も10組を超えていて会場を探すのに迷うほど。
落語協会に所属してただけあって、落語家の供花がずらりと並び、会場にはテレビで視た顔も多くいて、元ちゃんが我々民謡人と違う世界に生きてた事を改めて思った。

元ちゃんが津軽三味線を始めたのは自衛官時代に同じ艦に乗り、私がやっていたのを聴いて彼も始めた。
私と出会わなければ、三味線をやってなかったかもしれないし、もっと長生きをしたかもしれない。
そんな事を思って遺影を眺めると複雑な気持ちになった。

しかしこれも彼の人生である。
60年の人生は彼なりに良い人生だったと思いたい。

元ちゃんの弟と私は海上自衛隊の同期で、最初の赴任先が同じ艦(比叡)だった。
あれから間もなく40年になるが、弟、大田力に会うのはあれ以来だ。
元ちゃんとの別れが弟との再会につながった。
元ちゃんが弟に会わせてくれたのはいいが、生きていて一緒に会いたかった。

修行時代の浅草で、連日三味線談義に明け暮れた元ちゃんとの思い出は、私の中から一生消える事はない。


安らかにお眠り下さい。

合掌

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久しぶりに友人から送られて来た感動秘話をお届け致します。


★廃校寸前に陥っていた熊本県の天草東高校をはじめ、6校の校長を歴任し、
次々と教育現場の改革を図ってきた 熊本の名校長・大畑誠也氏のお話をご紹介します。

私が考える教育の究極の目的は「親に感謝、親を大切にする」です。
高校生の多くはいままで自分一人の力で生きてきたように思っている。
親が苦労して育ててくれたことを知らないんです。

これは天草東高時代から継続して行ったことですが、
このことを教えるのに一番ふさわしい機会として、私は卒業式の日を選びました。

式の後、三年生と保護者を全員視聴覚室に集めて、私が最後の授業をするんです。
そのためにはまず形から整えなくちゃいかんということで、
後ろに立っている保護者を生徒の席に座らせ、生徒をその横に正座させる。

そして全員に目を瞑らせてからこう話を切り出します。

「いままで、お父さん、お母さんにいろんなことをしてもらったり、心配をかけたりしただろう。
それを思い出してみろ。

交通事故に遭って入院した者もいれば、親子喧嘩をしたり、
こんな飯は食えんと お母さんの弁当に文句を言った者もおる……」

そういう話をしているうちに涙を流す者が出てきます。

「おまえたちを高校へ行かせるために、ご両親は一所懸命働いて、その金ばたくさん使いなさったぞ。
そういうことを考えたことがあったか。
学校の先生にお世話になりましたと言う前に、まず親に感謝しろ」

そして「心の底から親に迷惑を掛けた、苦労を掛けたと思う者は、いま、お父さんお母さんが隣におられるから、その手ば握ってみろ」と言うわけです。

すると一人、二人と繋いでいって、最後には全員が手を繋ぐ。
私はそれを確認した上で、こう声を張り上げます。

その手がねぇ! 十八年間おまえたちを育ててきた手だ。
分かるか。……親の手をね、これまで握ったことがあったか?

おまえたちが生まれた頃は、柔らかい手をしておられた。
いま、ゴツゴツとした手をしておられるのは、おまえたちを育てるために大変な苦労してこられたからたい。
それを忘れるな」

その上でさらに「十八年間振り返って、親に本当にすまんかった、心から感謝すると思う者は、いま一度強く手を握れ」と言うと、あちこちから嗚咽が聞こえてくる。
私は「よし、目を開けろ。分かったや? 私が教えたかったのはここたい。
親に感謝、親を大切にする授業、終わり」
と言って部屋を出ていく。
振り返ると親と子が抱き合って涙を流しているんです。

『致知』2011年1月号  特集「盛衰の原理」より

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良い話ですね。
昔はこんな先生が多くいました。
だから教師は尊敬されたんですが、今は残念ながら?
教師の環境も昔とは随分と様変わりしましたから無理もないですが・・・・・・

先生方、頑張って下さい。

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民謡界の大きな星がまたひとつ消えた。

秋田県を拠点に全国民謡尺八界の頂点にあった初代【藤丸東風】先生が20日、9時30分に永眠。 享年92歳。
力強く流れるような旋律は多くの尺八愛好者を魅了し、尺八界に大きな功績を残された方。

非情に厳格な性格で常に凛として一本筋の通ったお姿は、誰からも模範とされる人物でした。
私も個人的にすごくかわいがって頂きお世話になった方なので、大変寂しさを感じますが、先生から学んだ事を大切に胸に刻んで後進の育成に役立てて行きたいと思います。

今までありがとうございました。
どうか安らかにお眠り下さい。

合掌

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その昔、浅草で修行時代に毎晩兄弟のように夢を語り酒を酌み交わしたのが、青森県今別町出身、本名、太田元(はじめ)芸名が【太田家元九郎】

平成11年から古今亭志ん朝一門となり、落語家と一緒に津軽三味線漫談として、全国各地や寄席などにも忙しく出演していた。
彼の弟と私は海上自衛隊時代の同期で、その当時、元九郎さんも海上自衛官だった。

偶然にも、二番目に赴任した艦が【つがる】と言う名前で、元九郎さんが乗っていて、弟とのご縁で非情にかわいがって頂いた。

私が津軽三味線を弾く事に影響され、彼も青森県人の血が騒いだのか直ぐに津軽三味線を習う事になり、私が満期除隊した後を追うようにして1年後に彼も除隊、私がいる浅草の【民謡会館七五三】に入社。
以来進む道は多少違ったが、たまに連絡を取り浅草で呑んだりもしていた。

彼は無類の酒好きで、兎に角仕事以外は大体呑んでいる。
しかもビールはあまり飲まずもっぱらの日本酒党、


東京で会議が開かれた前日の17日に電話をかけ呑もうと思ったが、次の18日が協会の大事な会議だったので、これは会うととことんやっちゃうのがわかっていたので、この次の機会にしようと思ったのがいけなかった。

昨日埼玉の津軽三味線奏者、佐々木鶴藤さんから電話を頂き18日に亡くなった事を知って、ああ、あの日に電話しておけばと悔やまれる。
しかも虫の知らせか、今回秋田を出る時にいつもはそんな事はしないのに、居間にあった香典袋が目にとまりかばんに入れてきた。

会いたいと思った時に会っておかないと二度と会えなくなってしまう事もあるとつくづく思ったしだい。
まだまだ若い60歳、無念である。

心からご冥福を御祈り致します。

合掌

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今年で34年の歴史をもつ藤秋会だが、入って来る人もあれば出て行く人もいる。
出て行く人達にもそれぞれ理由があり、病気で出来なくなる人、家庭の事情、あるいは経済的な事情など様々だが、そんな方々はその後もお付き合いがあり、藤秋会を応援してくれている。


愛知県長久手市に【夢絃塾】と言う会があり、ここの代表が柴田佐夜子(師範、訓奈)さん。
15年ほど前に事情があって一旦会を離れたが、指導して行く上で私の譜面で教えて行きたいと、以後もお付き合いを頂いている。

会のルールを守れず離れて行き勝手な事をやってる人もいる中で、義理がたく付き合って頂いてる事をとても嬉しく思うが、そんな思いにささやかな御返しと思い、武道館オリンピックプレゼンテーションに声を掛けたら、喜んで出させて頂きたいとの声が帰って来た。

昨日、トヨタ教室終了後にお稽古にお邪魔したが、若い方々が多く生き生きとしていて素晴らしい!
2時間のお稽古も真剣そのもので、あっと言う間に時間が過ぎてしまいました。

本番までどれくらい成長するか次のお稽古が今から楽しみです。

頑張りましょう!

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東京滞在三日目の昨日は所属する(一般財)日本郷土民謡協会の緊急役員会が招集され出席。
理事の定数改定ならびに理事選挙が11月から前倒しで行われた。
新たに理事の定数が2名削減され12名となり、理事候補者20名の選挙が協会定款に基づき評議員により行われた。

私は今まで評議員だったが選挙で16票を獲得、新理事に選出された。

その後、新理事で代表理事が選出され、来月1日から現、高橋清峰副理事長が新たな理事長に選出されました。そして私は2020東京オリンピックプレゼンテーション総指揮と、新たに【オリンピック推進委員長】の肩書きを拝命。
更なる責任の重さを痛感しております。

とにかく、私のやるべき事をしっかりと自覚し、不動の精神で目標を貫徹したいと思います。

頑張ります!!
皆さんのお力添えを切にお願い致します。

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昨日、東京明治座で公演中の五木ひろしさんを訪ねた。

来年6月に予定している【藤秋会35周年記念、夢舞台2015】に内諾を頂いたのでご挨拶に伺い、ショーも拝見した。
先日のブログに五木さんのファンである名無しの権子さんから、三味線のシーンが面白いとのコメントを頂いたので興味があり観たかったが、最初に五木さんのソロから入り、やがてバックのスクリーンに1人ずつ順番に7人の三味線を弾いている五木さんが登場。
その後人数が次第に増えて行き、最終的には90人の五木さんが演奏している。

これはCGだが、手の動きが音とばっちり合っているし完璧に揃っていて面白い。
何と!かけ声は私で、音は私を含めた藤秋会IWAKIのメンバーが昨年12月に五木さんに依頼され、東京のスタジオで録ったものを使っている。
我々もこの公演に参加してたのだ!
すでにこのシーンは先月の台湾公演でも実演されたそうで、かなりうけたらしい。

今回はお芝居無しの【歌舞奏スペシャル】で、フルート、ガットギター、しの笛、SAX、エレキギター、津軽三味線、細三味線、筝、和太鼓、を演奏、先日はこれにピアノも弾いたそうだ。
私なんかたったひとつの三味線もまともに弾けないのに.....
兎に角真似をしようにも、これだけの種類の楽器を人様に聴かせるレベルにするのは並大抵の努力では出来ない。
やる前から降参です。
計り知れない努力をしている結果ですね。


パワフルな舞台は必見です!
明治座公演は27日まで。

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昨日の名古屋は朝からうだるような暑さで、じっとしていても汗が滴り落ちる最悪の条件。
シャツの下をたらーっと流れ落ちる液体で不快指数100%
新幹線に飛び乗りやっと解放されたが、外と中はまるで天国と地獄。

東京もこれではかなわないなと想像したくなかったが、暑い割には名古屋よりも湿度が少なく、まあまあ許容範囲。
昨日の上京は前々からオリンピックプレゼンの事で、お会いしたい方にアポイントが取れたので。



お一人目は前、東京都文京区長をお務めになった煙山力(けむりやまつとむ)さんと東京ドームホテルで。
煙山さんは偶然にも私と出身が同じで、実家は私の実家から車で5分ほど。
首都圏に四万人の会員を有すると言われている県人会組織【秋田ふるさと連合会】の前会長もお努めになっていた方で幅広い人脈をお持ちの方。
オリンピックプレゼンテーションの趣旨を説明したら、快く応援を約束してくれた。


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赤坂に移動し次にお会いした方が、元参議院議員で大臣の要職にあった、東京オリンピック女子体操で銅メダルに輝いた【小野清子】先生。
小野先生の御主人も東京オリンピック体操選手の【小野喬】さん。
小野先生は長くオリンピック関係に携わり、現在は、【笹川スポーツ財団】の理事長をお務めになっている。

小野先生にも諸々ご説明し、色々なお話やらアドバイスを頂く事が出来た。

ご縁とは有りがたいものだ。
煙山さんと小野先生に引き合わせてくれた方が、小野先生の高校の一級先輩で、秋田ふるさと連合会の佐々木千鶴子さん。
佐々木さんをご紹介してくれた方が、高校の同級生で親友、栗谷君の兄貴、栗谷秀美さん。
そしてもう一方、ふるさと連合会で秋田のために奔走している、今野仁さんの3人がわざわざ私に同行してくれた。
理事長室では秋田県人5人が故郷の話で盛り上がり、気が付いたら何と1時間半にもなっていた。


夢の実現に向けて大変充実した一日になりました。
お忙しい中お時間をさいてくれた皆さんに心から感謝致します。
本当にありがとうございました。


(写真左から二人目が佐々木さん、小野清子先生、栗谷さん、今野さんはカメラマンで写ってません)

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伊賀文化会館津軽三味線の100人弾きの主催、伊賀市文化協会の友田さんが今回のアンケートを送ってくれましたのでご紹介致します。


☆ ・芭蕉の旅をした奥の細道と津軽三味線のコラボレーションの企画は、見事でした。

☆ 伊賀の地から東北へは程遠いので、身近で津軽三味線の生演奏を聴けてとても良かったです。

☆ ・津軽三味線の百人弾きは、太鼓や民謡と共に息がピッタリで本当に感動した。

☆  東北魂の我慢強さ、ねばり強さの精神が息づいていると感じました。

☆  良い演奏を聴けて良かった。3000円は安い!

☆ ・津軽三味線百人弾き、とても楽しみにしていました。すばらしい!

☆  オリンピックに出るのを楽しみにしています。

☆ ・百人の手の総揃いは、立派だった。
・感動の連続でした
。素晴らしい時間をありがとう。もっと沢山の人をお誘いすれば良かった。

☆ ・豪快な舞台!生まれて初めて拝見しました。

☆ ・素晴らしかった!感動した!!生きてて良かった!!

☆ ・最高でした。圧巻です。奈良市から単車で来た甲斐がありました。

☆  非日常の素晴らしい時間を頂きました。92歳の母の介護、現実に戻ります。ありがとうございました。


どのアンケートにも「感動!」「圧巻!」「素晴らしい!」と書かれていました。
確実に津軽三味線の魅力、そして藤秋会の実力を実感していただいたと思います。

今回に懲りず、今後共よろしくお願いいたします。

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このようなコメントは演奏する側にとっては最高のご褒美であり、また頑張ろうとの大きなエネルギーになり、本当に嬉しく思います。
ご来場のお客様に心から感謝です。
ありがとうございました。。

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